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修理できますけど


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記事:古田綾子(ライディング・ゼミ平日コース)
 
 
「修理できますけど、2万円くらいかかります」
 
『えっ、そんなに……』
 
リュックのファスナーの歯と繊維の間が裂けてしまったので、購入店で相談したときのこと。修理するには、ファスナーを一旦すべて取り払って付け替えなければならないため、2万円ほどかかるという。
 
このリュックは、実はこれまで2回修理したことがある。
1回目は、ストラップの長さを固定する留め具の力が弱くなり、背負っているうちにどんどん伸びてきてしまうようになったとき。お店に相談すると、「弱くなった留め具をサポートする留め具をもう一つ追加しましょう」と提案してくれた。
 
2回目は、ポケットのファスナーの引き手が取れてしまったとき。このときは、購入したときの店長さんが異動になり、製造元もなくなってしまっていたのに、新しい店長さんが自分で修理してくれた。
 
どちらも修理代は2千円くらいだった。
だから、今回は5千円、もしかしたら1万円くらいかなと思っていたのだ。
 
さらに、店長さんの「修理できますけど」の「けど」には大きな意味があった。このリュックは1万5千円で買ったもの。だから、「買ったときよりも修理代の方が高くなりますよ」という意味だった。
 
『前回の修理のときも店長さんにはいろいろお世話になったから、そのお礼もかねてこのお店で新しいリュックを買った方がいいのかも』
 
とりあえずお勧めのリュックを見せてもらう。
でも、デザインが地味だったり、かっこいいけど何も入れてないのにまあまあ重かったり。「これにします!」と即決できるものは見つからなかった。
 
「一度持ち帰って考えます」
そう伝え店を後にした。
 
さて、どうしようか。
本体は全然痛んでない。なにせナイフでも切れない耐久性の高い繊維で作られているこのリュック。うなぎ屋さんで火のついた炭が飛んできても、穴が開かなかったくらい丈夫なのだ。
 
まだ使えるものを捨てて新しいものを買うというのは気が引ける。
とは言え、修理するとなると買ったときよりも高くなってしまう。
 
1万5千円で買ったリュックを2万円出して修理する意味はあるのか?
コストパフォーマンスだけを考えると答えは「ノー」だ。
でも、このリュックの価値はそれだけだろうか?
 
考えてみると、旅行に行くときには、いつもこのリュックを背負っていた。いろんなファッションに合うし、カーディガンとか帽子とか傘とか、何でも入った。
飛行機に乗るときの機内持ち込み荷物も決まってこのリュックだった。
汚れの目立たない黒いリュックは、前の座席の下に置くことができた。そこならすぐに、ガイドブックや充電器が取り出せて便利だった。ナイフでも切れないリュックは、治安の悪い場所でも安心だった。
 
リュックを手放しても、その思い出がなくなるわけじゃないけど、可燃ごみの袋にリュックが入っているのを想像すると、心がざわざわした。
 
修理か新品購入か決められないまま、半年が過ぎたとき、ある番組で、鞄を修理する女性職人さんが取り上げられていた。
 
「使い込んだ革のバックが、置いたときにくたっと折れてしまう。これを再び自立するようにしてほしい」という依頼だった。
職人さんは、内側と外側の革の間に芯を入れることにした。
 
2枚の革を縫い合わせていた糸を次々と外していく。
「このときに糸が絶対に残らないようにするんです」
ほどくときに糸を切ってしまうと縫い目の穴にわずかに糸カスが残る。見えない部分まで徹底的にこだわるという。
 
中に芯を入れ、もう一度革を縫い合わせていく。このとき、最初に縫ったときの穴と全く同じ場所に針を入れる。余計な穴や傷ができないようにするためだ。
 
穴の位置を確認しながら一針一針丁寧に針を刺していく。アップになったその指先は皮がめくれてボロボロになっていた。
 
その丁寧な仕事ぶりに目を奪われる。
完成した鞄は置いたときにしっかりと自立し、何十年も時を遡ったかのような光沢を放っていた。
 
『こんなに丁寧な仕事をしてくれるのなら、2万円は決して高くない』
私のリュックもあんな風に大切に扱ってもらえるとしたら。
そう想像するだけで、リュックが私以外の人からも愛情を注がれているようで、なんだか誇らしい気持ちにさえなった。
 
「気に入ったものを使い続けられる喜びは、買うことでは勝てない」と語る職人さん。
お気に入りのブーツを修理に出したとき、新品のようになって帰ってきたことに感動して、自分も修理職人になろうと思ったという。
 
気に入ったものを使い続けられる喜びかぁ。
確かに、2回修理したときも、これまでと同じように使えるようになったことがうれしかった。だから今回も修理するつもりでお店に行ったのだ。
 
やっぱりあのリュックは修理に出そうと思う。
修理から帰ってきたリュックはきっと、職人さんの愛情ももらって、私だけの価値はさらに高まるだろう。
 
 
 
 
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2021-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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