そのジェンガが崩れる時、共闘作戦はどうなるのだろうか
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記事:梅とら(ライティング・ゼミ日曜コース)
「アォォォォォォーン」
夜の静けさに耐えられなくなったかのような彼の鳴き声が響くようになったのは、ここ半年ほどのことだ。
うちには可愛い、可愛い茶トラの猫がいる。短毛種のくせに毛量が多く、もふもふというよりはゴワゴワとしたその毛むくじゃらの生き物と、私はルームシェアをしている。
「ねぇ、猫飼わない?」
大学1年生の時、近所に住んでいたSさんから急に電話がかかってきた。母は元々実家で猫を飼っており、大の猫好きである。それを知ってのことであった……が、ペット禁止のマンションである。このことは結婚をするまで隣に住んでいたSさんも百も承知の事なのだが、どうやら保護してしまった以上見捨てられなかったらしい。
母とSさんの押し問答が続き、「会うだけなら」と最終的に母が折れる形で決着がついた。こうして5月の夜、その猫はうちに「面接」にやってきた。
「玄関を開けたらずかずかと中に入ってきた」というその子猫は、ペットショップで見るそれよりもうんと小さく、目もまだぱっちりとはしていなかった。ずうずうしい性格のその子猫は、面接でもずうずうしく「飼い主、きーめた!」と言わんばかりにすぐに私の膝の上で眠ってしまった。
こうしてうちの子になった子猫に私はかぐや姫から「輝夜(かぐや)」と名付けた。一人っ子の私にとって待望の兄弟の誕生である。
躾は私が担当した。トイレや座れ、待てと言った一般的なことから、人間を噛んではいけないこと、噛まれると痛いということ、愛情表現の仕方まで。生活のすべてが猫中心に変わっていった。
私は自分の気持ちを相手にぶつけるのが苦手だ。一人っ子の私の周りには大人しかいなかった。大人の中で生きるには「愛想」さえ振りまいておけばよかった。物事が思い通りにいかず拗ねることはあっても喧嘩をすることはなかった。「愛想」が通じない学校での集団生活は苦痛でしかなく、馴染めずに淡々と過ごす毎日だった。
彼が来て、目的のなかった私の生活が「彼のため」になった。
彼のために課題を早く終わらせ、彼を病院に連れて行くための免許が欲しいと教習所に通い、彼のためのに歯を食いしばってバイトをした。
守るべきものがあることで、明らかに私の生活は前向きなものになっていったのだ。
彼は賢かったが、頑固であった。「飼い主のあんたにそっくり」と母には呆れられるぐらい私も、彼も頑固であった。頑固者同士の取っ組み合いならぬ噛み付き合いの喧嘩、真冬のファンヒーターの取り合い。「アンタなんか大っ嫌いっ!」お互いが叫ぶ喧嘩も多々あった。私に初めて自分の気持ちをぶつけ、喧嘩のできる存在ができた。仲直りの時はだいたい2、3日後にそっと背中あわせて寝ることで仲直りをした。
彼は私にお腹を見せたり、甘えたりはしない。彼が側に来る時はいつも「背中」を見せるスタイルだ。無関心を装い、ほんのりお互いの体温を感じられる絶妙な位置に寄り添ってくる。それが彼の甘えであり、私への信頼であった。
野生の動物にとって相手に背中を見せることは「死」を意味する。
背中を預けるとは最上級の信頼の表しなのだ。彼と出会ってから、いくつもの出会い、別れ、出来事があった。その度に彼は丸まって泣く私と背中あわせに眠り、一緒に乗り越えてきた。
彼との生活はジェンガだ。1日1日抜き取り思い出を積み重ねていく。積み重なれば積み重なるほど不安定になり、その塔の、彼の最期が近づいていく。飼い主である以上、その塔の崩壊を見届けなくてはならない。
そう、今私は彼の「老い」と向き合っているのだ。
私は昨年までは朝から晩まで、一年365日出ずっぱりで家には寝に帰るだけの生活だった。そのせいか、私は彼の「老い」に気づかなかった。否、気づいていても気づかないふりをしていたのだ。それが今はコロナで在宅の仕事に変わり、彼と毎日何時間も同じ空間で過ごしている。
彼は窓辺で一日中日向ぼっこをしている。「そんなに寝るコだったっけ……」
朝にあげた餌がまだ残っている。「そんなに食べないコだったっけ……」
自分の中の彼のイメージが合致しなくなってきていた。
極め付けが「アォォォォォォーン」という鳴き声だった。
私がお風呂に入っている時や電気を消した時に遠吠えのような鳴き方をするようになった。理由がわからず獣医さんに相談をした。
「年齢的に耳が聞こえにくく、目もにくくなってきています。そんな中、飼い主さんの姿が見えないことが不安で泣いているのかもしれません。力も昔に比べたら弱くなっています。労ってあげてください。」
これまで認めたくなかったものを叩きつけられた。獣医さんの言葉で初めて私は彼の「老い」を理解したのだ。
一蓮托生、良い時も、悪い時も共に闘い、支え合う存在。
私は彼に人生を変えてもらった。たった5キロの毛むくじゃらに。今の私は、出会った頃の私とは違う。自分の気持ちをぶつけても受け止めてくれる人がいる。信頼できる人、相談できる人、心配してくれる先輩に上司、支えてくれる同期もいる。
しかし、私の背中を預けられる唯一の存在は彼であり、彼を失うことが怖くて怖くて仕方がないのだ。出会った以上、別れがあるのは避けられないのだが、この長年の共闘作戦が片方を失っても戦い続けられるのか自信がないのだ。
この春、彼は17歳になる。
私にとって、弟であり、親友であり、恋人であり、今は父になった彼と今年も桜を見る。
あと、何回一緒に見られるだろう。
どうか、来年も、ずっとずっと一緒に見られますように……
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