おじいさんたちの恋心
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記事:喜多村敬子(ライティングゼミ 日曜コース)
「わしがもう10歳若かったら、あんたを口説くんじゃがな」
アメリカの映画やTVドラマでよく聞くおじいさんのセリフだ。
向こうのおじいさんはちょっと色気があってお茶目でいいなあ、
でも本当に実生活で言うセリフなのかな、
どっちにしても日本のお年寄りにはそんなところはないなあ
と思っていた時期があったが、それは違っていた。
私が学生だった頃、近所にお年を召したご夫婦がいた。
家ではそのおばあさんがかわいいと評判だった。
ある日、おじいさんに母が、
「奥様はお若い頃はさぞかしおきれいだったでしょう」と言ったところ、
おじいさんがすかさず「今でもきれいじゃろうが」と返した。
もちろん、母としては心からの誉め言葉のつもりだったが、
おじいさんの返しに母は「失礼いたしました!そうですよね」と答えた。
このことを「参っちゃった」とおじいさんの愛妻ぶりにあてられて帰ってきた
母が楽しそうに家で報告した。
母の年齢なら、年配の人たちの気持ちもわかるものと当時の私は思っていた。
しかし、まだまだ人生経験が足りていなかったという事が、
当時の母の年を越えてよくわかる。
そして、いくつになっても「好き」は続くんだという事をあの頃に知った。
飄々としいていつも機嫌のよさそうなおじいさんが、
おばあさんを大事に思っているのは普段の様子から分かっていた。
おじいさんのセリフを聞いて、若くはないことは少しも問題じゃないし、
妻をかわいく思う気持ちは老いとは関係ないのだと知った。
年を取るといろいろなものを卒業しているように若い世代は考えがちだけれど、
それは思い違いで、「人」はいくつになっても「人」。
日本のおじいさんのお茶目振りも捨てたもんじゃないと思った。
おじいさんおばあさん世代には、
もう男性や女性としての気持ちや色気がないように思いがちだ。
他人ならいざ知らず、特に自分の祖父母となると、
そう思うのが当たり前になる。自分もそうだった。
70代だった祖母と一緒に出掛けた時の事だった。
路線バスに乗ったところ、空席がなかった。
すると祖母と同年配の男性が祖母を見たとたんにサッと立ち上がって席を譲ってくれた。その時の祖母はもちろんお礼を言ったが、
自分は女性として男性に席を譲られて当然ですという感じで、
女性としての誇りと満足感が表情に表れていた。
席を譲ってくださった男性が若かったら、単に敬老精神の表れだったが、
同年配だったことがみそ。
そこは私の「おばあちゃん」ではなく、一人の「女性」がいた。
しばらくして、逆バージョンも経験した。
今度は祖父と同じ路線のバスに乗った時の事だ。
2人で席に座っていると祖父と同年配の女性が乗ってきた。
今回も空席がない。状況が同じで出来過ぎだが、本当の事だ。
すると、サッと祖父が立ち上がってその女性に席を譲った。
孫の私が席を譲るべきだが、座っていろと言う。
遠慮がちに座った女性のお礼の言葉をサラッと受けて、
颯爽と立つその姿は、女性に親切にするのは当然、
自分は紳士であるという自負心があふれ出ていた。
祖父母を見ていて、幾つになっても夫や妻であることとは別に
一人の男性、女性としての自負や意識を持っているものが当たり前だとわかった。
そして、さらに祖父からは若い頃の恋心は遠い昔の事として
無くなるものでもないことを学んだ。
それはこんな恋の話だ。
祖父は1899年生まれ、同じ年のタップダンスの神様フレッド・アステア
みたいに晩年までおしゃれな人だった。
初任給で買った英国製生地の背広の値段を覚えていた。
慶応ボーイだった頃の祖父にはお梅さんという結婚したいほどの女性がいた。
鎌倉に住んでいた祖父の実の姉の応援もあって会っていたが、
京都の実家の母親に干支が悪いと反対されて諦めた。
祖父はお梅さんに作ってもらった布団で泣いたそうだ。
そして祖母と見合い結婚をした。
お梅さんと祖母は干支が同じだったと聞いたことがあるので、
結婚反対の理由は別にあったのだろう。
鎌倉の伯父(祖父の姉の長男)によると、
お梅さんはタバコを吸う姿がそれは格好良い人だったそうだ。
この恋話は家族中が知っている話で、
祖母にとっては聞いていい気持ちのする話ではなかったと思う。
それから時は過ぎ、祖父は93歳で亡くなった。
90歳の時は旅行をするほど元気だった。
葬儀後、母が祖父の机から、お梅さんからの祖父への手紙を見つけた。
祖父の写真を送ってほしいという手紙だった。
そして、祖父が書いた返事と写真があとは投函するばかりになって机にしまわれていた。
出せなかったのか、出さなかったのかは分からない。
そして、母はそれに祖父が亡くなった旨を知らせる手紙を添えてお梅さんに送った。
手紙の内容は見なかったという。存命中だった祖母には内緒で送った。
お梅さんからこれでお花を供えて下さいとお金が送られて来て、
母が花を供えた。祖母は亡くなるまで、このことを知らなかった。
それで良かったのだと思う。
70数年たっても思い人への気持ちは残る。
若い時とどう違うのか同じなのか、
自分がその年になってみないと分からない。
祖父は90歳の頃に一人で写真館に出向き写真を撮ってもらっていた。
趣味の良い背広姿の凛々しいハンサムな写真で、
若い頃の写真と比べてもベストショットだった。
それは遺影になった。私はその写真をずっと卒寿記念の写真だと思っていた。
しかし、あれはお梅さんに送るために撮った写真だったのではと
随分後になって思い至った。
あんなに気合が入った写真を一人で撮りに行くなんて、
そういう事だよね、おじいちゃんと思った。
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