「拝啓、一年後の私へ」
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記事:珠弥(ライティング・ゼミ日曜コース)
お盆に差し掛かる頃、唐突に過去の自分から手紙が届いた。
無地の茶色い封筒を同居人に手渡された時は、思わず首を傾げてしまった。ひっくり返して表側に施されたスタンプを眺めることで、ようやくハッとした。
“自由丁”
黒いインクで押されたその名前は、ちょうど1年前に立ち寄ったお店の名前だった。
そそくさと自室に戻った私は、ゆっくりと、それからなるべく丁寧に、手紙を開封した。
「2020年の貴女は、お元気でしょうか?」
そんな一文から始まる、見慣れた少し潰れた文字に少し笑いが込み上げてくる。はじめの書き出しに随分と悩んで、漸く書き出した文字だったかな。そうやって懐かしんでいると、私の記憶は徐々に一年前に巻き戻されていく。
その日は、好きな俳優さんのイベントだった。ソラマチで俳優さんのパフォーマンスを楽しんだ後、とある文房具屋を目指した。目当ては、お気に入りの便箋購入だ。
恥ずかしながら、頭痛が酷くなったことで2ヶ月の休職をしている時期だった。日中は布団で不甲斐ない自分や先に休職となってしまった先輩方のことを考えて涙するか、闇雲に転職サイトの面談を受けているかの生活だった。そんな私に、健全な外出理由をくれたイベントでもあった。気分転換ができた御礼の手紙くらいは書いてもいいかなと思えたので、そのまま蔵前に向かうことにしたのだ。
蔵前に到着した私は、早速困惑した。記憶通りの場所に、お店がなかった。
なぜ? 一体どうして?
慌ててグーグルマップを開くと、どうやら店舗移転をしたらしい。徒歩数分の距離であったため、私はスマホを頼りに移動することにした。
道の途中で、再び私は困惑した。目的地の直前で、不思議なお店を見つけてしまった。
ガラス張りの扉の奥は、落ち着いた木目調の床や机が目に入る。喫茶店のように見えた。
看板代わりの黒板に、沢山の寄せ書きのような落書きのような文字や絵が沢山ひしめいている。小学校の卒業式の黒板を思い出させるような色合いに、思わず目が釘付けになった。
そのまま足も止めてしまったが、私の目的はまだ達成されていない。そう思い直して再び歩き出そうとすると、中から女性の店員さんが出てきた。
「随分眺めてくれたから、嬉しくて思わず出てきちゃいました」
気さくそうな笑顔でそう言われて、つられるように私も笑顔がこぼれる。
「看板がとても気になりました」
そう伝えると、店員さんはお礼を言いながら教えてくれた。
「自由丁という名前のお店で、好きに過ごせる時間と空間を作りたくて始めたんです……実は今日、オープン日なんですよ。もし良かったら立ち寄っていきませんか?」
そう言われてからようやく、私は店の前に並べられた胡蝶蘭達に気が付いた。
もしかしたらこれも何かのご縁なのかもしれない。小一時間くらい寄り道したって、文房具屋さんは閉店しない時間帯だ。会釈をしながら、そのままお店に入ることに決めた。
「自習したり本を読んだり、未来の自分に手紙を書いたり、誰かと交流が出来たりする、そんな空間です。蔵前にそんな場所があったらいいなと思って、開業しました」
冷たいジャスミン茶を置きながら、店員さんが説明してくれる。
「社会人でも悩んだり、立ち止まったり、ぼんやりしたりする時間や空間があってもいいと思うのです」
その言葉を聞いた私は、思わず力強く頷いてしまった。
「そんな時間も、いい思い出になれるようにしたいです」
今まで浪人や留年も体験したことのない自分にとって、休職は“レールから外れてしまった”ことになるのではないかと心のどこかで怯えていた。ひょんな経緯ではあっても、回り道やゆっくり立ち止まる時間は大切だと言ってくれる空間と出会えたことは、とても勇気づけられた。
来年の自分が、今の私を笑顔で受け入れてくれるように、今日のことを忘れないようにしたい。そう強く思った私は、勧められるまでもなく未来の自分に手紙を書くことにした。
「去年の手紙が届いて、また書きたくなって来ちゃいました」
一年前と変わらないお店構えのおかげで、蔵前から迷わずに到着することができた。過去の私から届いた封筒を持ちながら、私は一年ぶりに自由丁を訪ね、店員に声をかけた。
当時の店員さんではなかったが、私が手にている封筒を見ると、驚きながらも丁寧に迎え入れてくれた。お店の中や新しいシステムについても、案内してもらった。
仕様が変わっているのは、手紙のシステムも同様だった。
書きやすいようにトピックや質問が書かれたアイデアカードと、便箋を手渡された。
手紙、というと身構えてしまったり、去年の私のように書き出し方に困ってしまったりしても、アイデアカードを使えば話題や趣旨をまとめることができそうに感じられた。
一年前の自分からの手紙を読み返すと、休職という悩みが大きかったことが伝わってくる。
早々に転職が成功するとも、コロナが流行ることも、自身の環境も大きく変化があることも、想像すらつかない時期にいた自分からの文章なのだと思うと、とても不思議な感覚になる。
それでも未来の私に向けられた言葉は、励ましの言葉で締めくくられていたし、実際に読んだ私はとても前向きになれた。一年前の自分へ御礼と報告、それから一年後の自分に、同じように励ましを伝えたい。改めてそう思った私は、手渡された便箋に、早速言葉を書き綴っていくことにした。
「色鉛筆、よかったら使ってくださいね」
「はい!」
店員さんに声をかけられて、受付横にある色ペンや色鉛筆達を数本だけ拝借しに席を立つ。
今年はもう少し、こうやって自由丁で立ち止まる時間を過ごしてみたいとも思った。
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