旅は自分探しではなかった
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:桐生 譲(ライティング・ゼミ日曜コース)
つかの間、東京都で緊急事態宣言が解除された。
コロナ禍は一向に終息の兆しを見せないが、それでも外で思い切り深呼吸がしたくなって、週末旅に出ることにした。
行き先ははっきりと決めていないが、とりあえず大阪行きの夜行バスで、暖かそうな西に向かった。平日金曜日早朝の梅田。大阪駅から出勤に向かう人のうねりに逆らって、改札で青春18きっぷの初日の日付印をもらい、快速電車に乗込んだ。
ふと、神戸駅で窓越しにホームを見ると、電車との間に転落防止の黄色いワイヤーが横に張ってあって、乗り降りの際には上降する仕組みらしい。分厚い壁と左右に開くゲートの東京の感覚からすると、設置費用も安く上がりそうだな、などとぼんやり考えながら、相当遠くに来たことを実感させられた。
車内は席もまばらに埋まり、ドア付近にちらほら立っている人がいる程度の混みようだった。
しかし、皆一様にマスクをしている。窓からの風景や周囲の人のイントネーションが普段と違うが、同じ日本の同じ時代に他ならない。
この電車の終点で、更に西に向かう電車に乗り換えた。足早にホームの階段を下り、そして上り、電光掲示板を確認して3番ホームに立った。カジュアルな姿の人たちがすでに各番号表示の乗車予定口に列を作っていた。
窓側の席に座りたい。これから1時間余りの乗車である。ゆったり車窓の景色を楽しみたい。
見ればホームの20メートル先は、列に並ぶ人も数えるくらいだ。
足早に白い〇の2と書かれた乗車予定口に立った。先頭だし、当駅始発なので窓側の席は確定だ。あとは、向かって左か右か、つまり、海の景色を取るか、山の景色を取るか。
いつもなら海が見える方を選ぶが、ちょうど桜が満開の時季である。
「よし、ここは桜にしよう! そして、そうだ岡山から海に向かって島に行こう」
と思いが桜と海に飛び始めたその時、当駅始発電車がホームに滑りこんできた。
黄色い電車なんて、最近では西武線でもめったに見かけなくなった。
「あっ、あれ?!」
電車は、4番から向こうの乗り口で止まってしまった。
ドアが開き、人がぞろぞろ降りている。
「しまった!」
慌てて、4番乗り場の列の後ろに着いて、電車に乗込む。辛うじて、ボックスシートの山側に一人分席が空いていたので、軽く会釈をして網棚に荷物を載せて、腰かける。
例えば、この瞬間である。旅で自分に出逢わされるのは。
たかが1時間程度の座席である。金額に見積もっても千円の価値もないだろう。
しかし、自分は乗換駅で、決して人を押しのけるような非難される行為には及ばないように、でも、この周囲の人達を出し抜いて、桜の見える特等席を狙っていた。
一応、大学も出てそこそこの企業にも就職した。人生のゲームでは、負けより勝ちの方が多いはずだ。
ざっくり、倍率5倍程度のイスを目指すゲームだ。体力もある。階段では20人ほど追い越した。
負けるはずはない。
はずだった。
しずかに耳を澄ました。
「今度の〇〇行き電車は4番線から発車です。乗車口は足許白い丸印の4番から12番でお並びください。繰り返します・・・・・・」
案内はしっかりとされていた。
あの階段を上って、4番から向こうの老若男女に対して、少しでも出し抜いてやろうと思っていたとき、「あっちに行ったら乗れませんよ」とアナウンスされていたのだ。
「今ならお得!」
「あなただけの特別案内!」
「ワンランク上のスペシャル企画」
大げさに言えば、資本主義という競争社会を生きてきて、これまでも、これからも多くの他人に対して劣後しないよう気持ちがセットされている。
生きている瞬間、瞬間に「順位付けのゲーム」が前触れもなくやってくる。
それはまさしく、突然音楽がやむ椅子取りゲームだ。
そこで椅子を取れなかったとき、自分の不注意を嘆く。あの時もう少しあれしておけば、と悔やむ。意外な伏兵を恨む。
一人旅なればこそ、自分の人生のこれまでの失敗がフラッシュバックする。
日常からの心の解放を求めて、ぶらり一人旅に行こうとなったとき、自分は目的地や宿を細かく決めないタイプである。訪れる目的があって、効率的に観光スポットや予定をこなすのであれば事前に調べて押さえておくことが多くなる。自分が他人との旅行で幹事だったら、食事やトイレのタイミングも含めてきっちりプランを立てるだろう。
事前に注意深く確認すれば、失敗も少なくなるだろう。ただ、確認すればするほど心配が消えることはなく、心が休まる約束はない。
岡山駅近くになって、海辺の赤いかぼちゃが心に浮かんできた。
実は、一昨日、岡山に戻った知り合いのLINEに、そちら方面に行く旨伝えていた。返事があれば、倉敷あたりをイメージしていた。
「返事はない。さて……」
「そうだ、直島に行ってみよう」
フェリーが出る宇野駅行の電車のホームは、人が少なかった。
座席の心配はない。安心して直島をググってみた。
「事前予約制、地中美術館か」
今、観光客は少ない。入れたら入ろう。
行きあたりばったりの一人旅。探すまでもなく、自分を思い知るアクシデントやハプニングが前触れもなくやってくる。
たかが気ままなはずの旅。失敗も喜びも、人生を感じる瞬間に溢れている。
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