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我が家だけの秘密


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

*この物語は実話です。妻から聞いた話を妻になった気持ちで書きました
 
 
記事:新田賢二(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「お母さん! 今日は来てくれるの?」娘が嬉しそうな顔で、朝聞いてきた。
今日は娘の授業参観日であった。
 
このクラスでは初めての授業参観なので何を着ていこうかと迷ったけれど、最近の授業参観の親の格好はとてもラフ。昨夜、夫に何げなく相談すると「洋服なんかなんでもいいんじゃない?」とあっさりと交わされる。夫は何もわかってない。私は、周りのお母さんたちに負けたくなくて? いや、低く見積もられたくなくて、カッチリとしたジャケットとタイトスカートを着ていくことにした。私たちが子供のころの授業参観日、私の母はスーツで来たっけなぁ、などと懐かしみながら学校へ向かう。
 
学校に着くと、もう気の早いお母さんたちが教室の後ろを埋め尽くしていた。
みんなどんな格好をしているのだろう? さりげなく見回してみると、GパンとTシャツの人もいれば、それとなくスーツらしき服で決めて清楚な感じを出している人もいた。
 
「その人の着ているものを見れば、その人の家庭環境や物事に対する姿勢が分かるよ」と昔母が言っていたことを思い出す。だから私は外に出るときは、誰に見られても恥ずかしくないようなそれなりの格好をすることにしている。私はこのクラスのお母さんの中では中の上くらいの層に見えるかなと思いながら、娘の表情が少し見えるような位置に立つことにした。
 
学校で見る娘は、家で見る娘とは少し違い、ちょっとだけ、おませさん。気取った顔で周りの子と喋ったりしながらも、私が来たことに気が付いたら、満面の笑みを浮かべてこちらにちぎれんばかりに手を振っている。あの子のあの屈託のない笑顔に私はどれだけ元気をもらっただろうか。
 
授業が始まった。担任は教職3年目の熱血漢漲る若い男の先生で、人気があるのだろうか、先生が教室に入ってくるなり子供たちが口々に「わぁ! 先生来たー!」と歓喜の声を上げる。
 
今日の参観日は、国語。何をやるのかなぁと思っていると、熱血先生から発表されたのは、こうだった。
 
「さぁ、みんなには、最近楽しかったことを作文で書いてもらったね。今日はそれをお母さんたちに発表しよう! みんな、元気よく読むんだよ。お母さんたちに聞こえるように大きな声でね」
 
作文かぁ。娘が一番苦手な分野だね。でももう書いたものを発表するなら大丈夫よね、と思いながら、そうだ、同じ年頃の子がどんな文章を書くのか気になるわね、とも思う。一人娘のわが子を誰かと比べるのは好きじゃないけど、ついつい娘の“出来ないこと”、“苦手なこと”ばかりに目が行きがちで、だからこそ娘の作文レベルが人並みなのか、よその子の書いた作文が聞けるチャンスに私は喜んだ。
 
どうやら全員が発表するわけじゃない、と気が付いたのは、5人目が発表し始めたときだった。先生が予め「秀作」を選んだのか、もしくは「発表が得意な子だけを抽出したのか」真意は分からないが、席順でもなく50音順でもなく無作為に、先生が名前を呼んだ子が立ち上がり作文を読んでいる。内容はそれぞれ。家で楽しかったことや友達と遊んで楽しかったことなど、子供らしい内容だ。そして、娘が書くようなレベルと大して変わらない、文法もめちゃくちゃな作文も多く、でもかえってそれが微笑ましく、聞いていてホントに笑っちゃう。和やかな授業参観に心が解け始めていた。
 
すると、なんと娘の名前が呼ばれた。
いったい何を作文にしたのだろう? 元気よく返事をして立ち上がった娘は自分を落ち着かせるように大きく深呼吸をしてから作文を手に取り読み始めた。
 
「この前のお休みの日、お父さんとお母さんと旅行に行きました。楽しかったです」……
 
あ!! それ? それ? それ作文にしちゃったの??!!
 
今まで人の子の楽しい作文を呑気に聞いていた私は、娘の発表のさわりを聞いただけで驚愕する。
 
まずい! まずいよ!! それ、どこまで書いちゃったの??!!!!
 
我が家はしがない自営業。休みは週に1日あればいい方で、連休などはまずない。だから、家族で旅行するなんて贅沢なことは出来ない。でも、たまには娘に旅行気分を味合わせてやろうよと夫婦で企画するのは、車中泊。とある週末の空き時間を利用して、一日の仕事が終わった後、仕事で使うワゴン車に布団を積み込み、「今から夜のドライブに出かけます! 今日はおうちに帰りませーん!」と家を出発。「どこ行くの?!」とはしゃぐ娘に、「行先は内緒でーす!」とか言いながら、少し遠回りのドライブをしてから、東名高速道の足柄サービスエリアの端っこに駐車。普通にそこに行けば30分もあれば着くのだけれど、旅行気分を盛り上げるためにわざわざ2時間ほどドライブしてからそこまで行くのだ。
 
「今日はここに泊まりまーす!」と言うと娘は「やったー!」とガッツポーズをして喜んだ。貧乏暇なし、仕事が忙しい割には儲からず、娘を旅行にも連れて行ってやれなくて申し訳ない。本当の旅館(ホテル)には泊まったことが無いのだ。それでも、こんな“家族旅行”を娘はとっても楽しみにしているのだ。
 
ただ、いつも娘には言っていた。「これはみんなには内緒だよ。 我が家だけの秘密だよ」と。
 
あの子はどこまで書くつもりだろう? いや、どこまで書いちゃったのだろう? 私は徐々に血の気が引いて心拍が上がってきているのが分かった。貧乏で旅行に行けないから車中泊しているだなんて、周りのお母さん方にバレちゃったら恥ずかしいやん! 折角、気取ってカッチリ決めてきたのに台無しやん!
 
娘の作文はこう続いた。
「すごい遠くまでドライブしたり、公園で遊んだり、美味しいご飯を食べたりして、とっても楽しかったです。それは、足柄というところです。とってもとっても楽しかったです。 おしまい」
 
おしまい、の言葉を聞いた時に、本当にホッとした。私は心底ホッとした。全身の力が抜けるほどホッとした。この作文を聞くだけでは、「あぁ、足柄に旅行に行ったのね」と思うだけだものね。
 
まさか、足柄サービスエリアに車中泊したのを娘が“楽しかった旅行”として発表しているなんて、誰にも分からないものね。まさか本当の旅館やホテルに泊まるような旅行を生まれてこのかた経験したことないなんてバレないものね……。
 
娘は、作文を読み終わり、こちらを向いて満面の笑みで手を振っていた。
そんな娘に答えるように私も笑顔で手を振り返したのだけれども、周りのお母さんたちに負けたくなくて何を着ようか迷っていた自分の小さな見栄っ張りなところや、我が家の秘密がバレなくてよかったとホッと胸を撫で下ろしていた自分が少し恥ずかしくなった。
 
なんだか本当に娘のことが不憫に思い、今度こそ本物の旅行に連れて行ってあげよう、今夜夫に相談してみるか、そう思ったのだった。
 
 
 
 
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2021-04-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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