お先に、というコトバは、人を結びつけるチカラがある
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:楠 綾 (ライティング・ゼミ 日曜コース)
もうずいぶん前のことになる。
関西の短大に通っていたとき、大学が借り上げたトイレ・風呂共用のアパートで生活していた。築50年以上だったから、古びて、通るたびに廊下はギシギシ鳴るし、扉や窓を閉めていてもすきま風が入ってくる。今思っても、若い女性が住もうと思う場所ではなかったが、そこは、同じ年代の女性10数人。実家から送ってきた日持ちするおかずを一緒に食べようとか、バレンタインのチョコを作るのを手伝って、とかで部屋を行き来していて、それなりに青春を謳歌していた。
夕方になると、風呂前の黒板に、各自が部屋番号と名前をチョークで書く。これがお風呂に入る順番になる。10数人いるから、最初の人が夕方入り始めても、最後の人は深夜。入り終えた人は、廊下から次の人の名前を呼ぶ。
「〇〇ちゃーん、お風呂お先ぃー」
呼ばれた側は、「はーい」と大きく返して、洗面器を抱えて急いで風呂場に向かう。
お先に、というコトバ。実家で生活していたころに聞いた記憶がなかった私は、この共同生活の場で初めて聞いたように思う。だからか、どうもこのお先、というコトバに違和感があり、使うことを避けていた。
短大を卒業し結婚して数年後、ずっと気になっていた茶道をようやく習い始めた。カルチャーセンターの茶道教室に最初に行った日だった。温厚そうな年配の男性の先生から、
「今日はお菓子の食べ方、お茶の飲み方をやってみましょう」と言われ、さっそく教えてもらえると思ってワクワクしていた。そして二人いたお客のお稽古をする人の真ん中に加わらせてもらい、お稽古の様子を見ていた。
お点前さん(おてまえさん、お茶をたてる人)が、お菓子器(菓子が盛られた器)を、私の右隣の人の前に置いて、「お菓子をどうぞ」と言いお辞儀をした。その人も同じようにお辞儀を返した。
右隣の人が、私の方に少し顔を向けて、微笑みながら、「お先に」と軽くお辞儀をして言った。
お点前さんが点てたお茶が、その人の前におかれたときも同じだった。私に顔を向けて、微笑んで
「お先に」。
私は、忘れていた、お先に、を思い出した。
ぼーっとしていたら、先生が、「どうぞ」と言ってお辞儀をしなさい、と教えてくれた。
私よりも前に座っているのだから、先に食べたり飲んだりは当たり前。わざわざ、お先に、と言う。私が初めて稽古に来たから、これから仲間になるから、そう言ってくれているのかもしれないな、と思っていた。
その後、私は、お稽古場で、何度も「お先に」を聞くことになった。
初めてお茶会に行った時のことだ。デパートの中にあるお茶室でのお茶会。土日に各流派が茶会をしていて、誰でも飛び入りで参加できる。
入口でお茶券を買って、茶室に入る。20人ぐらいだったと思う。知らない人ばかりだ。みんなベテランなのか、床(とこ)にさっと向かい、かざってあるお花や掛け軸を見ていた。ほかの人の邪魔にならないよう、素早く、でも、じんわりと見ていた。そして、自分の席が決まっているみたいに、するっと空いた場所に座り、茶会が始まるのを待っていた。
菓子器が運ばれてきて、隣の人が、私に言った。
「まぁ、きれいなお菓子ね。お先にいただきますね」
私は、会釈し 「どうぞ」と返した。その人は、お菓子をひとつ取り、菓子器を私に送った。私は、菓子器から菓子を取り、懐紙(かいし。お菓子を載せる紙)の上にそっと置いた。小さく切り、口に入れた。
絹のように滑らかで、やさしい甘さが、口の中で溶けてなくなったあと、私は、右隣の人に、小さな声で、でもはっきり話しかけていた。
「美味しい、幸せですね」
そこから、2.3その人と会話を楽しんだ。どんな内容だったか忘れてしまったけれど、初めて会ったのに、ぴんとした緊張感や感情の壁はなかった。ひとときの時間と空間を一緒になぞっている感じだった。
お先に、には、あなたより先に〇〇します、という意味だけではない。あなたの存在は確実に見えています、あなたの存在を認めています、あなたと同じ場をともにしています、といった同志的な結合があるように思う。
たった4文字、言うのに1秒かからない。お先に、というコトバが世の中になかったら、コトバに出会わなかったら、どうだろう。ぎすぎすした、打ち解けない、相手を思いやれない人ばかりになっているのではないか。お茶を始めたことで、お先に、のコトバのチカラに、気づくことができた。お先に、は自分も相手も笑顔にさせるチカラをもっている。職場、地域でも、お先に、というコトバを積極的に使ってみてはどうだろうか。
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