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おじいちゃんの履歴書


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:岩井さとり(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
「えーーー!! これ、おじいちゃんの字なのぉ?? めっちゃ、うまーーい!!」
 
黄ばんだ書類にずらりと並んだ旧字体で書かれた立派な墨字を見て思わず叫んだ。
 
目の前には、整理をしていたら出てきたという、父が発見した祖父にまつわる書類がいくつか並べられている。その中に祖父の履歴書が含まれていた。
 
昭和の中頃に作成されたその履歴書は小筆で書かれた墨字で、勿論、全て手書き。
おそらく当時としては上質な白い半紙だったのだろうが、昭和、平成を経て令和に至る今日まで我が家の物置に埋もれていた日々の中、紙面は黄ばんで変色している。しかし、そこに書き上げられた墨字の黒は今も鮮やかでムラはなく、よどみのない立派な旧字体は、習字の教科書にでも出来るのではなかろうかと言うほどに見事なお手前で書かれている。
 
我が祖父ながら、なんと素晴らしい。美しい字だ。
 
しかし、そんな祖父、私は残念ながら会ったことがない。
父方の祖父は私が生まれてくる遥か以前、父がまだ学生だった時分に悲しいことに病を得て他界されている。
 
なので、私にとって父方の祖父と言えば、黒い額縁の中にすまし顔で納まっている白黒写真の中高年男性でしかない。その白黒写真からその人となりを伝えてくるものはほとんどない。しかし、幼い頃から自分という存在を語るにあたっては、父方の祖父というものも避けられない存在であり、口先で「おじいちゃん、おじいちゃん」とは言いつつも、気持ちとしては、まるで歴史上の人物か、はたまた名前は知っているけどよく知らない昭和往年の大スターでもあるような、過ぎ去った日々の中に絶対的に存在していた人物としつつも、なんとも遠い存在だった。
 
その祖父が生前書いたと言う履歴書が出て来た。
当時の祖父は30代半ば、いや、40代だろうか、戦後、復興期の日本で転職活動をしたものと思われる。
 
立派な字でつづられる学歴に続いて記されている職歴の文字達。
学校の「學」の字などはすべて旧字体の画数が多いバージョンでつづられており、その画数の多さに眩暈すら感じそうだ。
私は小学校時代、書初めで見事に滲んだ自身の筆文字を脳裏に思い起こしては目の前の文字に感服し、平仮名ですら滲んで黒い一塊にしていた自分の習字力に今更ながら落胆する。
 
履歴書上につづられた祖父の経歴を更に辿って行くと1916年あたりで一旦キャリアがストップしており、一定のブランク期間がある。
 
そっか、ここで、太平洋戦争に行っているんだな。
 
徴兵、そして復員をした経緯がうかがえ、そこに昭和という時代に確かにあった戦争も実感してしまう。
思えば次第に自分の中でも単なる歴史と化しつつある第二次世界大戦であったが、祖父の関与を思うと急に生々しくも感じた。
 
他にも、生真面目な性格がそうしたのか、それとも単に捨てるのを忘れたまま今日まで来ただけか、給与通知なる書類、要するに給与明細も束で発見されていた。
そこに記された月給〇拾円〇〇銭の文字。
貨幣価値が今と大違いである為、その価格が高給取りだったのか平均的だったのか、即座に判別はできないが、書き手は当時の上司や経理の方々なのだろうか、それら文字も全ても手書きの墨字で書かれており、人それぞれ手癖が見られるが、どれもこれも立派な達筆だ。
 
当時の人は字がうまかったんだなぁ。
 
紙面に書かれた祖父の名前をたどりながら、一枚を手にとってその感触を指先に感じてみた。そして当時、この紙面を受け取ったであろう祖父の姿も想像してみた。
祖父の指先や手のひらがこの紙面に触れていたであろうことを思う。
長年空気に触れ、湿気やほこりをまとった紙面は私の指先には少しふんわりと柔らかくもたついて感じるが、きっと当時は新しい紙で、祖父の手にはもっとパリッとした質感が伝わっていたのではなかろうか。
 
この給与明細を手に、「今月もがんばったな」なんて思ったのかな。
「これで家族に何か買ってあげようかな」とか思ったのかな。
 
そこに出てくる祖父はもはや白黒すまし顔で縁の中に納まっているだけの祖父ではなかった。もちろん想像の域を出るものではないが、そのイメージがほんの少しだけリアルになり、毎月の糧を得て生きていた昭和サラリーマンとして私の中で色づいた。現役令和サラリーマンをしている私としては、時代は違えど同士として祖父との距離が縮まったような感覚に陥る。
 
これらは単なる給与明細の紙切れであり名もなき一般男性の履歴書であり、歴史的に価値のある古文書などではないのだが、ふと、時を経て祖父の人生を語るものへと変貌を遂げていることに気づいた。
また、一人の人間の人生の営みを読み解くと共に、そこには戦前、戦中、戦後と時代が変化していく様子がほんの少しではあるが、意図せず語られているのだ。
戦前戦後で祖父が身を置いている業界が異なること。求めている職種、企業名などからも当時の日本が復興へと向かう中、盛んだった領域などが読み解ける。
 
1枚の黄ばんだ紙切れを手に、さまざまなことを感じてしまった。
昭和時代に名もなき人生を送った一人の男性の履歴書がちょっとした近代史の教科書となった瞬間であり、その一方で、会うことの叶わなかった祖父と孫がその紙面上でちょっと交でもしたような、紙なのに、まるでそれがタイムマシーンにでもなったよう感じを受けた。
思いもよらない効果が発揮されている。
 
また一方で、黄ばんだ紙面のもたついた質感に流れ去った時間を感じると共に、今ここに存在していない祖父と言うものから、人と言うものが紙以上に実に刹那的な存在であるということも如実に思ってしまった。
 
しかし、これら書面に連なる立派な墨字と、それら一文字一文字に残る手癖を感じた時、確かに時空を超えて祖父と、そして、それを取り巻く人々やその時代を感じ、かつての存在に触れたような感覚にもなったのだ。
 
私は思った。
 
この先、私を語るものは、どれくらいの期間、どんな形で残るのだろうかと。
 
ちなみに、そんなことを思う今この瞬間も、私はパソコンに向かって文字をつらつらと打ち込んでいる訳だが、そこにはMicrosoft様の力添えもあり美しい明朝体が連なって行く。
 
黄ばんだ紙に感じる時間の流れ、それでも残る鮮やかな墨の黒、筆運びの癖……。
そこから沸き起こったイマジネーションや感じとった人々のイメージは電子データで残された物からも、果たして沸き起こってくるものだろうか。その時代の空気感は電子データにも備わるものであろうか。
 
そうだ……。たまには、ミミズののたうったような文字でも書き記してみようかな。
 
そんな思いに達しつつ、今一度、半紙に並ぶ淀みない墨字の鮮やかな黒い文字を辿り、額縁の中にすまし顔でいる祖父が小筆を持っている姿を想像してみたのである。
 
 
 
 
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2021-04-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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