メディアグランプリ

きみちゃんのこと


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記事:晴 (ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「また、きみこが脱走した!」
叫ぶやいなや、学年で一番足の速いけんちゃんが駆け出した。腕っぷしに自信があるみきたかちゃんと、冷静で理屈っぽいみきおちゃんがそのあとを追いかけ、何人かの男子がぞろぞろと続く。
きみちゃんは、些細なことですぐにすねて、小学校を飛び出した。毎回、足の速いけんちゃんに追いつかれ、腕っぷしの強いみきたかちゃんにつかまれ、冷静なみきおちゃんに説得され、その他大勢の男子を従えて戻ってくる。
 
一学年一クラスの田舎の小学校は、生徒の入れ替わりはほぼない。新一年生全員が保育所からの顔なじみで、クラス全員34人の名前を、あいうえおの順番で間違えず言える人間関係の中に、きみちゃんが京都から引っ越してきた。小学校2年生の時のことだ。
まずは、名字。全校生徒の大半が「田中」や「北川」など、多様性も目新しさもない名字の中で、「細居」は学校できみちゃん一人だけの特別な名字だった。ランドセルも、私のものは皮製で重く、くすんだ赤だったのに、きみちゃんのはクラリーノ製で軽く、つやつやと光沢のある赤だった。良い香りのする消しゴム、サンリオキャラクターの筆箱、京都のデパートで買ってもらったという白いワンピース、本当は地元の平和堂で買えるものにすら、都会のにおいを感じた。極めつけは、きみちゃん本人だった。ぱっちり開いた二重の目、両腿の間にすきまができる細い足、白い肌。まるでお人形のようだった。
 
きみちゃんは、気に入らないことがあると、すぐに泣いたり学校を飛び出したりしたので、「すね」というあだ名をつけられた。すぐにすねるから「すね」だ。男子から「おい、すね!」と呼ばれると、きみちゃんの二重の目が少し吊り上がり、かわいい顔が美人に変身した。男子は、きみちゃんがわざと嫌がるようなことを言ってきみちゃんを怒らせた。でも本当はかまってほしくて仕方がない男子たちのために、きみちゃんは怒ったふりをしてあげていたのだ。きみちゃんは、男子にちやほやされていた。と思う。
また、彼女は、素直な人だった。嫌なことだけでなく良いと感じたことを表現することにも躊躇がなかった。良いことは良い、悪いことは悪い、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、自己の感情をストレートに表現し、裏表のない彼女にひかれていく女子も次第に増えていった。きみちゃんは人気者だった。と思う。
 
私は、幼いころから、気配を読むように育てられた。母の口癖は、「気働きができなあかん(気遣いができないといけない)」だった。私は、気働きができることこそが、人として身に着けるべき最も重要な能力だと信じていたし、それを獲得することを目指して子どもながらに日々精進していた。
お昼の掃除もせずに、延々と給食を食べていたきみちゃんに対して、怒りを感じたが、その怒りを出すことですら、気働きができていないと思い込んでぐっと言葉を飲み込んで、じっと我慢していた。私は、きみちゃんの人気は一過性のもので、都会の人に対する目新しさがなくなったら、みんな彼女のわがままを非難するに違いないと思って、ひたすら待っていた。だが、待てども待てども一向に彼女を非難する声は上がらなかった。それどころか、クラスの中に自分の思ったこと感じたことを素直に表現し、それを認め合う雰囲気が醸成されはじめた。極めつけは、担任の先生が、その流れを後押しし始めたことだ。「少々のあつれきがあっても、自分を素直に表現するのは素晴らしいことです」と。
私は、混乱した。気働きをして、言いたいことを言わず我慢していたら、人がそれに気づいて認めてくれ、私に人が集まってくる。これが母から教えられた人気者になる三段論法だった。なのになぜかクラスの流れから取り残されてしまったのだ。みんなの前では気が付かないふりをしていたが、本当はとても不安で心細かった。
 
そんなある日、きみちゃんと帰り道が一緒になり、きみちゃんの家で遊んで帰ることになった。きみちゃんの家には「リカちゃん人形」と「リカちゃんのふたごの妹」と「リカちゃんハウス」があった。泣きながら何度頼んでも買ってもらえなかったリカちゃん人形を目の前にして、私の気働きはどこかに吹き飛んでしまった。きみちゃんのお気に入りの「ふたごの妹」とその子たちの「ゆりかごのベッド」を占領した。しかも、ふたごの妹は絶対に私が使うと大泣きして、きみちゃんから奪い取ったのだ。外が真っ暗になって、母が迎えに来るまで、私は夢中で遊んだ。母が、きみちゃんのお母さんに、「こんな時間まで申し訳ありません」と何度もペコペコ頭を下げるのを見て、自分が気働きを忘れていたことに気が付いたが、後の祭りだった。
次の日、学校に行くのが億劫だった。きみちゃんに謝らないといけない。気働きを忘れて「ふたごの妹」を奪い取ってしまったのだから仕方がないと思った。
ところが、きみちゃんの方から「はるちゃん、今日も遊ぼう」と声をかけてきた。私は驚いて「なんで?」と聞いてしまった。きみちゃんは、「だって、楽しかったから」と答えた。
 
私は、それからも幼い頃からの習い性は消えず、「気働き」に気づいてもらえるのをじっと待つ人生を送ってきた。だが、それは誰にも気が付いてもらえず、私の中に不平不満の泡となって積もっていった。そしてとうとうバブルが弾け、泡の中に押し込めていた記憶があふれ出た。「こんなに、こんなに、こんなに」「やってあげた、やってあげた、やってあげた」記憶の泡にまみれ、のたうち回って私は気が付いた。私の気働きは私だけのための気働きだったということ。自分が認めてもらいたい一心でしかなかったということ。
私が自分勝手だと決めつけていた「きみちゃん」は、幼いゆえの行動で誤解を受けることはあったが、素直で正直な人だった。私と「リカちゃん」で遊んだ時、きみちゃんは本当に楽しかったのだ。そして私も、本当に楽しかった。
きみちゃんは、本物のお人形のようにかわいくて、本当の本当に人気者だった。
今、きみちゃんは、ブラジル人の男性と結婚して地球の反対側の国で暮らしているらしい。きみちゃんらしいなぁと思う。
 
 
 
 
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2021-04-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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