居酒屋
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記事:gokita(ライティング・ゼミ平日コース)
「あら、こんばんは。いつもの出すわね。今日は何があったの? 」
いつもの居酒屋。いつものお母さん。
週に何回通っていただろうか?
同棲相手が仕事で遅くなると、決まって通っていた。
仕事の愚痴。彼氏の愚痴。
お母さんはいつも黙って聞いていた。
お店はいつも賑やかとは程遠いが、何人かの常連さんといつものように乾杯!
「今日は、ほやが入りたて」
私の好みをよくご存じだ。
「じゃ、日本酒かな」
常連さんは何人かで固まって飲んでいるが、私は乾杯が終わると一人でチビっと飲む。
お母さんはそんな私をよく知っていて、つかず離れずで話しをしたいときにそっとそばにいる。
今日は、何年も一緒に住んでいた同棲相手と別れた。
今までは、半分ずつ出していたので住めていたこの土地は一人で住むには少し高い。
この土地ともおさらばだ。
今日、不動産会社に行って新しい物件を探し、来週には引っ越しする。
この居酒屋に通うことも無くなる。
「彼氏と別れたんだ。来週引っ越し」
私は、お母さんには何でも話していた。
会社の愚痴。彼氏の愚痴。それこそ親のことも。
私の人生の大半は知っている。
「あらそう? じゃあ、新天地での門出を祝わなきゃね! 」
どこに行くの?とか、細かいところは一切聞かない。
少し、寂しくなった。
「どこに引っ越すの? とか聞かないの? 」
「あら? なんで? 聞いてほしいの? 」
あ、そうか。聞いて欲しいのかもしれない。
「ん? ここから1時間くらい田舎になるかな?」
「あら? じゃあもう来なくなっちゃうわね。折角出会えたのに少し寂しいけど、でもね、きっと新しい出会いはあるものなのよ」
「そんなもんかな」
「そんなもんよ。袖すりあうは多少の縁ってね。すぐに縁なんかできちゃうものよ! 」
「あれ?その言葉ってそんな意味だっけ?」
「そうよ、そんな意味。人は一人では生きていけないのよ。大丈夫、すぐに新しい出会いがあるから。大丈夫よ」
何だかそんな気がしてきた。
同棲相手は今日、さっさと新しい彼女のところに引っ越しをした。
「彼女は俺がいないとダメなんだ。でもお前は一人でも生きていける。それが俺はずっと寂しかったんだ」
そんな訳ないだろ。
仕事が忙しいって言っていたのはそっちじゃないか。
私は毎日毎日一人で待っていたんだぞ!
数年前見つけたここの居酒屋。
最初は、泣きながら入った。
その日は私の誕生日だった。
「ゴメンゴメン。今日は会社のキックオフの飲み会なんだ。あれ? 誕生日だっけ? 朝そんなこと言ってなかったじゃないか? 今度お祝いするから、今日は許して」
ふ・ざ・け・ん・な!
同棲して数年たっていた。
最初の年は誕生日もクリスマスもお正月も、全部全部一緒にいてくれたじゃないか。
だんだんと時がたつにつれ、いつの間にか、一人になっていた。
そんな時、フラっと立ち寄ったのが今の居酒屋だった。
お母さんは、静かに笑って
「あら、いらっしゃい。初めてね。今日何かあったの? 」
泣いていた。
「とにかく飲みたい! 」
常連さんは、静かに乾杯してくれた。
「ここはね、明日のためにお酒で流すところだから。涙を流さず、お酒で流しちゃえ! 」
「乾杯! 」
静かに、本当に静かに。
でも、皆が乾杯をしてくれた。
常連さんは、私がお母さんと二人で話しができるように、別で飲んでくれた。
「何があったか言ってごらん? 案外さっぱりするかもよ? 」
それから何年たっただろう。一人になったときはフラっと立ち寄っていた。
最初は週に1回。それが、数年後には週に3回も4回にもなっていた。
「あら、こんばんは。いつもの出すわね。今日は何があったの? 」
店に入ったときの彼女のお決まり文句だ。
私はこの言葉を聞きたかったのかもしれない。
彼氏はいつもいない。
いつも一人。
誰かと一緒にいることによって、一人じゃないことを確かめたかったのかもしれない。
彼氏とは結婚も考えていた。
両親にも紹介していた。
たまに両親からは、いつ結婚するんだ? なんてことを聞かれていた。
でも、同棲して半年。
結婚は無いことも分かっていた。
母親には、何となくは言っていたが、それでも期待はしていた。
あ、別れたことも言わなきゃ。
次の週、荷造りを終え、引っ越しを終えた。
さて、一人夜をどう過ごそう。
引っ越しをした最初の仕事帰り。
フラフラと歩いていた。
街は閑散としていた。
あ、そうか。
コロナ禍でお店も早く閉まるんだっけ?
そんな中、あのお店はやってくれていたかも。
あそこは、私のオアシスだった。
一人そんなことを考えていると、小さな明かりを発見した。
看板も無いが、居酒屋であろう。中から声がしていた。
暖簾をくぐろうか? やめようか?
その時、人が一人出てきた。
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」
「はい。一人です」
「ビールください」
マスターであろうその人は、だまってビールを出してくれた。
周りは色々な年代の人がいて、それぞれが盛り上がっている。
常連さんなのだろうか?
ただ、前の店のように、常連さんと乾杯は無かった。
にぎやかではあったが、そこに私の居場所は無かった。
1杯だけ飲んで、さっと帰っていった。
私の居場所はここには無い。
もう、私が寄り添う場所はどこにも無くなってしまった。
でも、もう何も思わない。
何も考えたくない。
***
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