大英博物館の看板が導いてくれた邂逅
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大村沙織(ライティング・ゼミ平日コース)
モノクロの整った横顔。
まっすぐな眼差し。
幼いながらも滲み出ている気高さ。
あの子の物語に、まさかこんなにも夢中になるとは思わなかった。
その彼女、名前をアシリパという。以降は彼女への敬意と愛情をこめてアシリパさんと呼びたい。本当は作品に倣って「リ」は小文字で表記したいのだけれど、PC上では表記できないので泣く泣く諦めた。
アシリパさんが出てくる物語「ゴールデンカムイ」を知ったのは2019年夏のことだった。大英博物館で大規模な「漫画展」が開催され、イギリスまで鑑賞に行ったというライターの記事が私の目に留まった。その中では多くの日本人の作品がフィーチャーされ、「ONE PIECE」、「ドラゴンボール」、「セーラームーン」、「ポーの一族」などの原画が展示されており、特徴的だったのは大英博物館の収蔵品との比較展示で、歌川国芳の浮世絵と大友克洋の作品の比較など、歴史の長い大英博物館ならではの工夫が随所に示されていたという。
「ルーブル美術館でも漫画は9番目の芸術として受け入れられているし、改めて日本の漫画って世界に誇れるものなのね」
日本人として少し得意気な気分に浸りつつ記事を読んでいると、今回の漫画展の看板についての記事が出てきた。看板に使われたのは同じく日本の作品のキャラクターらしい。「大英博物館は彼女を看板に起用した理由の1つに『少年漫画のスタイルで書かれた強い女性であり、様々なジェンダーの人たちに魅力的に見えること』と述べた」と記事には記載されていた。その女の子がアシリパさんだったのだ。
「この女の子が強い女性ってどういうこと?」
真っ先にそう思い、彼女が何者なのかが知りたくなった。調べていくうちに、彼女が「ゴールデンカムイ」という漫画の主人公であること、この作品が北海道を舞台にしていること、2018年には手塚治虫文化賞大賞を受賞している作品であること、彼女がアイヌであることなどが分かってきた。彼女の衣装が独特だと思っていたが、あれはアイヌの衣装だったとそこで納得できた。更に調べると、彼女の狩猟スキルや自然を利用したサバイバル技術が存分に役立っていることも分かった。
「強いっていうのは、生き抜く力があるってことか!」
そこで納得した私は、それ以上調べるのを止めてしまった。それからしばらく、「ゴールデンカムイ」と触れることはなかった。今となってはこのときの私を全力で罵ってやりたい。納得するのはちゃんと作品を読んでからにしろ! と。アシリパさんの強さはそれだけではないんだぞ! と。
それから約1年後。その間にレンタルで漫画を読むことを覚えた私は、ふと「ゴールデンカムイ」とアシリパさんのことを思い出した。その時点で既に20巻以上は出ていたが、頑張れば追いつけないことはないだろうと、まずは他の本と一緒に3冊借りてみることにした。ところがすぐに3冊しか借りなかったことを激しく後悔することになった。次借りるときからは10冊パックであるだけ全て借りるのがデフォルトになった。
1900年代初頭の北海道。ある目的のため大金を求め、砂金をとる杉本佐一に酔っ払いが語りかける。
「アイヌ達が貯めていた砂金を一人の男がぶん盗った。持ってたアイヌを皆殺しにしてな。盗られた金の量は20貫! 八万円の金塊だ。あんたならどぉ~するね?」
金塊を奪った男はその後捕まり、網走刑務所に収監される。しかし彼は既に金塊を北海道のどこかに隠した後だった。更に彼は監獄にいる間、24人の囚人の体に刺青を彫り、隠し場所のヒントを彼らに託したという。この馬鹿げた与太話は酔っ払いの体にまさに件の刺青が彫ってあったことで、俄かに信憑性をおび始める。刺青を入れた囚人を追うことにした杉本は、ひょんなことから金塊を奪った者に家族を殺されたというアイヌの少女アシリパと出会う。隠された黄金と父の死の真実を追い求め、2人は協力することになった―。
「秘められた黄金」ということで、謎解きの要素が存分に含まれるのは予想できるだろう。その謎解きがワクワクするというのはもちろんのこと、「ゴールデンカムイ」には他にもストーリーを盛り上げる要素がある。
1つは黄金を狙う勢力が複数あること。杉本とアシリパさんだけでなく、それぞれの野望を胸に金塊を手に入れようとする勢力がいる。己を頭にした軍事政権の確立を企む第七師団の鶴見中尉。北海道を独立させて新たな国家立ち上げを目指す幕末の志士、土方歳三。極東連邦国家をつくり、少数民族の独立を試みるロシア勢力。彼らの思惑が絡み合い、時には杉本達の敵にも味方にもなる展開にハラハラさせられてしまう。
2つ目がアイヌや樺太について語る文化的な役割もあること。舞台が北海道なのでアイヌの話がメインになってはくるが、物語の中で杉本達が北海道から更に北上して樺太を旅する場面もある。ここではウイルタやニヴフといった少数民族の文化も紹介されており、それだけでも非常に興味深い。様々な民族の多様性を取り上げたこの部分が、手塚治虫文化賞の受賞に大きく貢献していることは間違いない。
そして忘れてはいけない、キャラクター達にも魅力が満載であること! 特に推しのアシリパさん語りは外せない! 狩りや採集の技術をはじめとした自然の中で生き抜くための彼女の知恵は(日常生活で使えるかはさておき)とても勉強になる。自らを「新しい時代のアイヌ」と称し、幼いながらもしっかりとした信念を持つ強い生き様にも、年上なのに憧れてしまう。一応ヒロインであるにもかかわらず変顔をたくさん見せてくれるところも、かわいくらしくて大好きだ。そして個人的な見どころは彼女が成長して、精神的にどんどんたくましくなっていく姿にあると思う。旅をする中で、様々な経験をこれからもしていくだろう。彼女の生き方に真っ向から対立する出来事もあるとは思うが、彼女がどうやってそれと向き合い、しなやかに生きていくのか、我が子を見守る親のような目線で読んでしまう。彼女の成長に合わせて、杉本との関係も変化するのかも気になるところだ。
自然にも文化に触れられ、更には物語まで楽しめてしまう「ゴールデンカムイ」。昨年冬には「探求者たちの記録」というタイトルで公式ファンブックも発売されたが、こちらも読みごたえ抜群だった。その中で作者の野田サトル先生は「『ゴールデンカムイ』は誰もが良い終わりだったな」と言ってもらえるようにしたい」と語っている。しかし私の中ではこのまま最後まで見届けたい気持ちと、終わってほしくない気持ちが激しくせめぎ合っている。この作品をリアルタイムで読めて本当に幸せだと思うが、無事ハッピーエンドで終わってほしいような、このまま彼らの旅を見ていたいような…この気持ちを分かってくれる人、是非ゴルカム語りしましょ!
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