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名バイプレイヤーはダテじゃなかった


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:藤岡恵子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
俳優の大杉漣さんを知らないというひとは、きっといないと思う。
 
撮影中に急逝したことをニュースで知ったときは、わたしもショックをうけた。
 
演技のことはよくわからないけど、大杉漣さんはとても存在感があって、好きな役者さんのひとりだ。
 
わたしには役者ひと筋というイメージしかなかったけど、サッカーが大好きで、以前からフラメンコにも興味があったそうだ。
 
還暦目前、59歳のときに、ある番組の企画でスペインへフラメンコを習いに行っていた。
 
わたしはそんな番組があったことも知らなかったのだけど、最近、幸運なことに再放送でその番組を観ることができた。
 
スペインの南、アンダルシア州の州都、セビージャ。
 
セビーシャはとても美しい街で、世界中から観光客はもちろん、フラメンコ好きが集まる街だ。
 
そんなセビージャの下町の、あるフラメンコスタジオへ大杉さんは向かった。
 
ともに世界的に活躍しているフラメンコダンサーで、75歳にして現役の大御所先生と、大御所先生を師匠と慕うお弟子先生のふたりに迎えられて、大杉漣さんの5日間のレッスンがはじまった。
 
フラメンコの基本のリズムを学び、身体の使い方に気をつけながら、お弟子先生が大杉さんのために考えた振り付けを教える。
 
5日間のレッスンを終えた翌日には、大御所先生のまえでフラメンコを披露するというミッションが待っているのだ。
 
大杉さんは、踊りはやったことはないという。
 
踊りの経験があったとしても、フラメンコ(に限らず、ほかの民族舞踊にも言えることだと思うけど)のリズムは独特で、非常にむずかしい。
 
さらに、身体・うで・手首・指・足はすべて違う動きをする。
 
慣れないリズムや動きに悪戦苦闘しながら、それでも日々良くなっていく大杉さんの姿から、ご本人の真面目で努力家な性格がうかがわれた。
 
真面目ゆえに踊れないことを落ち込む大杉さんに対して、お弟子先生は、
 
フラメンコには決まりはない。
その瞬間に感じたことを相手に伝えればいい。
 
ということを強く言っていた。
 
5日間のレッスンが終了。
 
レッスンが終わった後も大杉さんはスタジオに残り、翌日に控えたフラメンコの発表に対して、どう表現したら自分らしくなるのか、ずっと考え続けていた。
 
レッスンの成果を発表する日。
 
大杉さんは黒いマントをはおり、黒い帽子をかぶってスタジオで待っている。
すると、5日間レッスンをともにしたお弟子先生が大杉さんに、一遍の詩をプレゼントした。
 
大杉さんはその詩を翻訳してもらうと、何度も何度もくり返し読んでいた。
 
約束の時間になり、大御所先生とアーティストが到着すると、大杉さんの覚悟が決まったようだ。
 
番組スタッフを通して、スタジオから飛び出して空間全体を舞台として使いたいと申し出、OKが出ると、大杉漣さんのフラメンコがはじまった。
 
扉が開いたスタジオからは、外の景色が見える。
 
スーパーの袋をもった、大杉さん演じる全身黒づくめの男がよろよろと歩いてスタジオの中へ入ってくる。
 
扉を閉めた瞬間、フラメンコギターがメロディーを奏ではじめた。
 
ギターのメロディーをバックに男は詩を読み始める。
 
詩を読み終えると、フラメンコ歌手の歌がはじまる。
 
歌に呼応するかのように、男は人生の苦しさや苦悩を声にならない声で絞り出した。
 
絞り出して、その場に倒れた……。
 
終わった瞬間、スタジオは感動につつまれていた。
 
大御所先生もお弟子先生も、そして大杉さん本人も、涙していた。
 
わたしも、大杉さん演じる男から目が離せなかった。
 
まだ芽が出るまえの若手の俳優さん、女優さんが、海外へ行って体当たりで現地の生活や文化を体験するというテレビの企画は昔からあった。
 
わたしは大好きでよく観ていた。
 
その中にはスペインでフラメンコに挑戦する回もあった。
 
わずか5日間くらいのレッスンで、人前で発表するというミッションも同じ。
 
でも、いつもみな、習った振りを踊る。
 
いや、むしろそれが普通だろう。
 
わずかな期間で、聞いたことのないリズムに合わせて、見たこともない振りを踊れるようになれるだけでも大したものだと思う。
 
わたしたち一般人には、そんなことすらできないのだから。
 
ところが、大杉漣は違った。
 
習った振り付けを超越して、自分の表現に消化してしまった。
 
役者ひと筋37年、出演本数400本以上、というご本人の意地も、もしかしたらあったのかもしれない。
 
でも、間違いなくフラメンコだった。
 
今回、お弟子先生が大杉さんのために振り付けたのは「ソレア」という種類の踊りで、非常に深い曲であり、もっとも踊り手の実力が試される曲のひとつでもある。
 
それを、本場のスペイン人をも感動させてしまうなんて、大杉漣とはなんという人だろう。
 
番組の最後に、大杉さんはこんなことを語っていた。
 
なんであんなことになっちゃったんだろうね……。
でも、あれは、あの時のほんとだったんだろうと思うね。
今回の経験は、今後の役者人生のムダにしたくないし、ならないと思う。
 
と。
 
この番組から7年後、大杉漣さんは突然、旅立った。
 
多くのひとに喪失感をもたらして……。
 
もっともっと大杉さんの演技を観たかった。
 
そして、いつか大杉さんの踊りも。
 
 
 
 
***
 
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2021-04-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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