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メディアグランプリ

あかい刺激を求めて


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記事:小池香苗(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
私には、秋に1度だけ毎年向かう場所がある。
中国地方、岡山県の北西部。
広島との県境近くの、冬場は寒い丘陵地、吹屋という町だ。
 
その町には、魅惑のあかい箱が売られている。
「赤」と書かなかったのは、真っ赤ではなく、かといって淡い色でもなく、なんともいえず魅惑的な色をしているからだ。
 
その箱は、手のひらに乗るほどの愛らしい大きさで、そこに文字は見えない。あるのは昭和の日本にあった玩具を思わせるような、だるまの絵が描かれているだけだ。
 
その箱を求めて、私は岡山駅で新幹線を降りて、1時間に2,3本しか出ていない各駅停車の列車に乗り換え、備中高梁(びっちゅうたかはし)という駅に向かう。
線路は岡山県の真ん中少し下、ちょうど「岡山のおへそ」あたりにある岡山駅から、県の北西部つまり岡山県の左上の方角へと続き、ゆるやかにカーブを描きながら鈍行で上っていく。
 
岡山駅、倉敷駅…岡山県の中では都会の駅を抜けると、列車はやがて大きな川にさしかかる、。川をさかのぼっていくように北上し、だんだんと川幅が狭まりごつごつとした大きな岩が散らばる上流へと近づく。
この辺りは清流で、解禁の時期にはアユ釣りをする姿もちらほら確認できる。
 
山間をだいぶ奥へ入ってきた頃、備中高梁駅に到着する。岡山から1時間弱だ。このあたりは高梁(たかはし)市といい、備中松山城という天守が現存する唯一の山城もあり、そこには「ねこ城主」も常駐していたりして、城好き、歴史好き、ねこ好き達も訪れる。
かつて、映画「男はつらいよ」でマドンナ役の竹下景子が住むお寺に寅さんが転がり込み、数日間滞在した場所も、駅からほど近くにある。
風情ある界隈につい立ち寄りたくなるが、目的は忘れていない。
 
あかい箱だ。
駅前から、まだバスに乗る。目的地はまだ先だ。週末には、映画「3丁目の夕日」に出てきたようなボンネットバスが運行され旅気分を加速させる。すっかり昭和の風情に浸りながら、あの魅惑の赤に思いを寄せる。
バスは細い道を抜けてガタガタと音を立てて進んでいく。
 
そうして小一時間揺られ、吹屋という町に降り立った。
町全体がほのあたたかい雰囲気を醸している。建物は古く、あたりは落ち着いた赤褐色を帯びている。赤胴色の石州瓦に、土から取れる酸化鉄、つまりベンガラで色づいた格子や併が並び、そのあたたかさを織りなしている。まだ灯りが点っていない時でも、町全体がやわらかな間接照明の光に包まれているようだ。景色を縫っていくと、並ぶ軒先の中に、あかい箱が無数に並んでいる。
 
今年も来ることができた。
 
あかい箱は、町並みを包む赤の中にあって、一際鮮やかな赤を発している。
「今年も、ありがとう」心の中で声をかける。
箱の中には、小さなビンが入っている。透明のガラス製だ。
その透明の中には、朱色に近い赤がびっしり。
 
私は、このビンの中の赤が、一度食べたら忘れられない味になった。
名前は「吹屋の紅だるま」という。
そう。これは食べ物である。食べ物だけど、私は分類しきれていない。調味料と言えばそうなのかもしれないが、この赤ひとつでとてつもなく深い味わいが広がる。
調味料は、味そのものを甘くしたりしょっぱくしたりするが、この赤はもとの食べ物の味を変えたりはしない。その楚々とした存在感は香辛料、が近いかもしれない。
 
原材料は、3つのみ。
柚子皮(岡山産)、唐辛子(岡山産)、食塩。
これが今度は、朱色のような赤に仕上がっている。
 
想像いただけるだろうか。この味を。この3つだけを合わせた味を。
それだけで毎年、わざわざここまで買いにくるだろうか。そうお思いかもしれない。
 
古来から人は、ここぞという時に紅をひいたという。
平安には頬に。
明治には舶来の口紅を。
そんな特別な誂えを施したような装丁の「吹屋の紅だるま」。
それは、買うことが少しイケナイことかのように、だるまはちょっと妖しい表情をしてこっちを恥ずかしそうに見ているように思えて、手にとるとドキドキする。
すっかり、凛としたその赤の虜なのだろう。
 
食べ物に思いを馳せてみる。
お刺身には、わさび。
冷奴には、おろし生姜。
シュウマイには、辛子。
鍋には、人それぞれあるかもしれない。
その薬味に、一度、「吹屋の紅だるま」を登場させてから、私は虜になった。
 
柚子皮(岡山産)、唐辛子(岡山産)、食塩。
この3つが、この味をつくっている。
これ以外に、秘密の何かが入っているように思えてならない。
そのくらいの奥行きがある。
 
昔聴いていた音楽が、街中で流れていると、当時の想い出が一挙に溢れてくるように、
ふと、この風味を思い出すことがある。
今夜はあのビンを開けよう。
赤を愉しもう。
 
そのために、我が家には、いつも居てくれないと困るのだ。
岡山県の中西部、岡山駅から2時間以上かかる場所で作られた、このあかい刺激が。
 
近年、これが岡山駅のお土産屋さんで買えるようになったことは、あまり教えたくない。
 
言い訳に聞こえるかもしれないが、私はあかい箱は、あのあかい町で買いたくて、今でも毎年、吹屋の町を訪れている。
 
 
 
 
***

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2021-05-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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