メディアグランプリ

こい~30代最後の忘れられない人~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:まけきら子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「暑いな」
映画を見ながらふと温度計に目を移す。25℃。いつの間にか、春は風にまかれるようにどこかへ行ってしまい、片脚はもう夏に突っ込んでいる。あぁ、そんな季節になったのかとぼんやりと考えるのと同時に、私は彼の事を思い出す。
 
「待って! 行かないで」
そう叫びたい気持ちを抑え込み「ありがとうございました。またいつか」と一礼をして、手を振る彼を見送った。あの時、彼の最後の言葉を聞けていれば、これ程彼の事を思うこともなかっただろう。
 
あれから2年。彼には一度も会えていない。
 
私は、仕事をしながら夜は小さなバーでバイトをしている。
「バーで働いてると出会いも多いしモテるでしょ?」こんな事をよく言われる。
バーで働き始めてかれこれ10年。私は人見知りだ。未だに、お客さんに自分から話しかけられない。おかげで、塩対応の店員と思われる事が多い。
さらに趣味といえばホラー映画鑑賞。怖い話が大好きだ。稲川淳二は特にお気に入りだ。話し方や身振り全てが人を惹きつけ怖がらせる。
恋愛映画やヒューマンドラマには全く興味がない。腐っている。ある意味で腐女子な私がモテるわけがないし、素敵な出会いもない。世の中そんなに甘くない。
 
そんな私が彼と出会ったのは、今日のような少しだけ夏を感じさせる日だった。
 
彼は1人でお店にやってきた。彼は出張でこちらに来たばかりで2週間滞在するのだと、マスターと話していた。私といえば、時折目が合う彼に作り笑顔で会釈をするのが精一杯だった。
 
店を気に入ってくれたのだろうか。その日から彼は毎日来るようになった。
彼は決まって最初にジャックダニエルのロックを注文し、マスターや常連さん達と他愛もない話をして帰っていくのだった。
一週間ほど経った頃、私は一人で店番を任されていた。そこに彼はやって来た。
「あれ? 今日は一人?」店を見渡し彼はそう言った。
「はい。もうちょっとでマスターも来ると思いますよ」そう言いながら、彼がいつも注文するジャックダニエルをグラスに注いだ。
彼は出されたグラスを一口飲むと「ここはバイトなの?」「いくつ?」と、私が話やすいようにいくつか質問をしてくれた。彼は私と同じ歳で映画が趣味だと言った。
気づけば、話は盛り上がり自然と笑顔で話せている自分がいた。
「笑顔の方がかわいいよ。じゃあ、また明日ね!」そう言い彼は帰っていった。
 
その日を境に彼とはよく話をするようになった。好きな映画のことや彼に起った話。
彼の話はいつも面白く、話し方や仕草全てが完璧だった。いつしか私は、彼がお店に来るのが待ち遠しくなっていた。
 
彼は言っていた。「大好物を食べるタイミングってあるでしょ?あれって、兄弟で下か上かで変わるらしいよ」下の子は上の子にとられてしまわぬよう先に好きなものから食べ、上の子は取られる事がないから最後に食べるらしい。
確かに、長女の私は大好物を最後にゆっくりと味わう。それがとても至福の時間なのだ。
その瞬間を味わうため為に、念入りに全てのものを片づける。それはまるで、至福の時間を万全の体制で迎える為の儀式みたいなものだ。
いざ! という時を迎えた瞬間、大好物を落としてしまった時は、絶望でしかない。ましてや、滅多に出会えないものならば尚更。一生引きずるだろう……。
 
今の私はどうだろう。思い出に浸っている間に見ていた映画がすっかり終盤を迎えていた。
とても万全な体制と言える状態ではない。私は片づけそこなったのだ。彼という思い出を。
 
彼が帰る最後の日。
「今日で最後ですね」彼の為のジャックダニエルを注ぎながらそう呟いた。
「あっという間だったよ。とても楽しかった。帰りたくなくなったよ」と笑う彼に
寂しい気持ちを見せないよう「またいつか遊びにきてくださいね」と笑顔で応える。
すると彼は「きら子ちゃんに最後に話したいと思っていたことがあったんだ。」
そう言うと、彼は一気にグラスの中のウイスキーを飲み干し話しだした。相変わらず、彼の話し方は完璧だ。私の胸は高鳴った。
 
そんな時、カランカランと、店の扉が音をたてる。他のお客さんがきてしまった。
「ごめんなさい。」と彼の話を中断し注文を聞きに行く。
カランカラン……またも扉が合図を告げる。先程までが嘘のようにその音はなり続けた。
いつもならば嬉しい音なのに今日はとても疎ましい。
全てを片づけてからゆっくりと彼の話を聞こう。私は仕事に集中した。
気がつけばすっかり時間がたち、彼の帰る時間がきてしまっていた。
しまった! そう思ったが遅かった。彼はマスターに挨拶をし、私に「今までありがとう。またいつか会えるといいね」そう寂し気に告げると扉を開け去っていった。
カランカラン……
その音が鳴った瞬間、私は彼を追いかけた。しかし言いたい言葉は言えなかった。聞きたい言葉は聞けなかった。
 
楽しみにとっておいた大好物を食べる至福の時、それが叶わなかった瞬間のまさにそれだった。大好物を最初に食べる気持ちが少しわかった。
 
彼は何を言おうとしたんだろう。今でもこの季節になると彼を思い出し、最後まで話を聞けなかったことを後悔する。
 
「俺、見たんだよね。窓に映った自分の後ろに……」
 
彼が最後に話した怖い話の続きを。
 
 
 
 
****
 
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2021-05-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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