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本当に不便なのだ、この風呂敷というやつは


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記事:あさひ(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
スーパーで買い物を終えて帰ろうとしたところだった。肩にかけたバッグの持ち手がなんだか心細い。持ち直そうとした布はつるりと手の中を滑り、力尽きたように肩からすべり落ちていった。ゴボっと嫌な音がして、牛乳パックが床にたたきつけられた。野菜も、パックの肉も、ばらばらにぶちまけられていた。
荷物を支えきれなかったバッグが、頼りなく足元に落ちた。持ち手が切れたとか、破れたとか、いうわけではない。これは風呂敷を結んでつくった買い物袋なのだ。結び目がゆるかったり、バランスが悪かったりすると、当然、こんなことが起こる。
包みなおそう。レジ台に風呂敷を広げた。
 
風呂敷は不便だ。バランスが悪いと物が落ちてしまうし、結び目がとけるとすべてやり直しだ。
ものを落としそうで怖くないか、と聞かれたことも何度もある。それでも私が風呂敷を使うのには理由がある。
不便さがあっても、それを上回る便利さがあるということ。
そしてその不便さが、私にはちょうどよいのである。
 
 
私が風呂敷を使い始めたのは、高校の友人、Sの影響である。Sとは同じ部活だった。空手部で、毎日道着を持ってくる必要があった。
道着はかさばる、重い。そして、練習の後は汗を吸ってもっと重いし、におう。大きめのスポーツバッグに無理やり押し込んでいたら、バッグは1週間で汗臭くなり、2か月後にはジッパーが壊れてしまった。
 
新しいバッグを買おうかと迷っているときに、Sが大判の風呂敷をプレゼントしてくれた。こんなうすい布、すぐに破れるのではないかと思っていたが、使ってみるとその便利さに驚いた。
 
まず、圧倒的に軽い。
さらに、洗濯が簡単ですぐに乾く。だから、バッグよりも気軽に洗うことができる。これは革命だった。いつでも清潔で、汗のにおいも全然気にならなくなった。
しかも、布一枚だというのに意外としっかりしている。丈夫な素材である上に、包んだ時には布全体で中身を支えることになるので、どこか一部分に負担がかかりすぎるということもない。
軽くて、洗濯が簡単。この良さがあるから、私は今でも風呂敷を使い続けている。
 
もちろん不便さもある。高校時代には何度も結び方を失敗して、ものを落としていた。
ある日、「ものを落とすとき」には理由があることに気づいた。簡単なことだ。中身の道着がきちんとたたまれていないときや、荷物のバランスが悪いときである。
そのことに気づいたのは、ある大会の日のことだった。その日から、風呂敷は、私にとっては羅針盤のような存在となった。
 
私たちはその日、一回戦負けをした。
正直、負けるはずではなかった。実力も実績も確実に私たちが勝っていた。運なのか、勢いなのか、そういうものが足りなかったのかもしれない。後からはなにを言っても言い訳だ。
くやしさで誰とも口をきけなかった。乱暴に脱ぎ捨てた道着を適当に丸めた。しわができても気にならなかった。風呂敷に乱雑にのせ、無理やり四隅を結んで肩にかけた。少しでも早く会場から出たかった。同じ更衣室でSが片づけをしていたが、話をする気にはなれなかった。いいや、先に帰ろうと思い、立ち上がった。
布を肩にかけると、荷物がいつもよりも重く感じた。持ち手の部分が心細い。もういちど肩にかけなおそうとすると、布はつるりと手の中を滑り、肩からすべり落ちていった。バラバラと音を立てて荷物が床にばらまかれる。汗を吸った道着、戦い終えたサポーター、後輩からの差し入れ。そして『必勝!』と書いてSと交換したキットカット。
あまりにも雑な様子を見るに見かねてか、Sが転がったものを集めはじめた。
「だめだよ、こんなたたみ方じゃ落ちちゃうよ」
中身がなくなると、バッグはただの布になってしまった。私の足元に、ぱすんと、頼りなさげに落ちていた。
「一度しっかり広げて、ね。ゆっくりたたみなおせばいいよ」
Sの言葉に、私はのろのろと座り込んで道着を拾った。ぐちゃぐちゃだった。もういちど道着をひろげる。手でしわを伸ばす。折り目をつける。裾をそろえる。
今度こそきちん整えた道着は、しっかりとした四角形になった。中心に置いて四隅を結ぶ。結び目も問題ない。今度こそ丈夫なバッグになった。
 
きちんとたたまないと、きちんと包めない。
そして、心の状態は、たたみ方と包み方に如実に表れる。
 
落ち着いているときは、安定した荷物に。
まとまりがないときは、ばらばらと落ちやすい荷物に。
雑な気持ちではバランスが崩れ、心のゆるみは結び目のゆるみにつながる。
風呂敷は、私にとっては羅針盤のような存在だ。物を包めば、その時の心の状態をさりげなく伝えてくれる。
 
 
今日は少し焦っていたからなあ。スーパーで荷物を片付けながら反省した。
広げた風呂敷の中央に品物を置いていく。しっかりしたものを下に、こわれものと軽いものを上に。丁寧に、バランスをみながら載せていく。布の四すみを対角線上に結び、長さを整える。結び目はしっかりしている。これで大丈夫だ。私はもう一度、バッグを肩にかけた。
 
本当に不便なのだ、この風呂敷というやつは。
私の心がまとまらないと、荷物もすぐに落ちてしまう。
でも、『ゆっくりたたみなおせばいい』のだ。
この不便な風呂敷は、心の揺れを教えてくれる、羅針盤なのである。
 
 
 
 
***

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2021-05-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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