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以心伝心は破滅へのプロローグ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山本和輝(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「以心伝心」
 
文字や言葉を使わなくても、お互いの心と心で通じ合うという意味だ。
もともと禅宗に由来し、師から弟子に言葉や文字で表されない仏法の神髄、 悟りの境地のようなものを伝えることを意味したという。
 
師が伝えたいことを、弟子が自ら感じ取って気づきを得るなんて、なんとも美しいではないか! そしてそんなことが本当にできたら素晴らしいとも思う。
 
しかし、現実はそう上手くはいかないものだ。 おそらく誰でも対人コミュニケーションで失敗した経験はあるだろう。
 
私の人生における最大の対人コミュニケーションの失敗は、夫婦関係を壊してしまったことだ。
 
私は26歳の時に大好きだった女性と結婚した。当初、私たちは幸せだったと思う。旅行やドライブにでかけたり、美味しいものを食べに行ったり楽しい時間をたくさん過ごした。
時にはケンカすることもあったが、お互い何が機嫌を損ねるのかも知っていた。マジ顔で話すのも照れ臭かったし、お互いに性格を理解しているものだと思っていたのだ。
 
ところが、結婚生活は10年目ぐらいからぎくしゃくし始めた。
 
彼女は自分の欲求に素直な性格で、自分を押さえなくてはならないことは大嫌いだった。親戚や子供たちとの関係、季節の行事も伝統的な慣習、古臭く自分を縛るものはすべて拒絶した。仕事では男勝りにキャリアを積んで、もっと面白い仕事をガンガンやりたいと思っていた。お酒を飲んでバカ騒ぎをしたり、可愛い容姿の彼女に言い寄ってくる取引先の中年オヤジをやり込めたりするのも好きだった。世の中はまだまだ女性への社会的差別が当たりまえだった時代だったからかも知れない。
 
私は、そんな彼女の性格をすべて許容した。そういえば聞こえはいいが、本当のところは、ただ単に私に関心を持ってもらいたいという下心から、徹底して相手に合わせることを選んだだけだった。簡単に言えば口説くために自分を偽ったのだ。
 
「そのうちきっと分かってくれる」
そう自分に言い聞かせ、我慢していた。
 
彼女は、すべてに迎合し持ち上げてくれる私を重宝に思ったのだろう。
いつしか彼女は私のことをボタンを押したら何でも出てくる自動販売機のように接するようになっていた。
 
私 「今日の夕食は何にする? トマトソースのパスタにしようか?」
彼女「そんな気分じゃない」
私 「じゃあ何がいいの?」
彼女「なんか、シュワーッとして、ブワーッとくるもの」
私 「……」
 
言動にあきれることも多々あったが、彼女に意見すると数倍の勢いでやり込められた。私は口下手で弁の立つ彼女に対抗できるような言葉を繰り出すことができなかったのだ。
彼女について行けなくなった私は、いつしか本心を語ることを止めてしまっていた。親に自分の意見が否定される思春期の子供の様に、心の中に渦巻くあきらめと嫌悪の感情をため込んでいった。
 
そしてある時、負の感情をせき止めていた堤防はついに圧力に耐えきれず決壊した。
心の癒しを他の女性に求めるようになってしまった。いわゆる浮気、不倫である。
そして、ありがちな展開だが、その裏切りは簡単にバレてしまう。私はそのことについて謝り関係を断つこと誓ったが、ここまで私を追い込んだ彼女にも言いたい事はあった。
 
別れるのか?
 
この結婚を続けていくのか?
 
私たちはこの時初めて、真剣に話し合うことになった。
 
私がそれまでせき止めていた気持ち、心が傷ついていること、どうして欲しかったのか、どんな風に2人でやっていきたいと思っていたか、反論されながらもめげずに言葉にして出していった。その一方、彼女は既に全てをさらけ出して生きていたので、あえて説明してもらう必要は無かった。その時の私の独白は、あたかも彼女の性格や生き方に対しての不満のように聞こえたのかも知れない。
 
「そんなこと、全然知らなかった」
 
そう彼女は私に言った。
 
「だって、いままでいいって言っていたじゃない?」
 
彼女の言い分はある意味正しかった。私は自分を偽っていたのだ。
彼女は私の感情というデリケートなものを目の当たりにして、戸惑っているようでもあった。
 
「以心伝心」
 
その時の私は、それができるはずだと勝手に思い込んでいた。
口説き落とした末の大恋愛で結婚したこと、彼女のありとあらゆる我がままにも応じてきたこと。相手に尽くしてきたという自負がその思追い込みを強いものにしていたのだと思う。
 
私は本来、家族のつながりの中で生きてきて、相手をあるがまま受け入れ、平和な暮らしを望んでいた。結婚して10年が経つころには、子どもも欲しくなってきた。40歳を目前にして子どもがいて、夫婦で一緒につくる暖かい時間がある生活を望んでいた。
 
専業主婦になって欲しいとは1ミリも思ってはいなかったが、子どものいる家庭は彼女の人生では想像できないものだったようだ。
 
今でも思うが、そんな大事なことを、なぜもっと早く話することができなかったのだろうか? それは、私が口下手を理由に、自分の考えをしっかり言葉にして相手に伝える努力をしていなかったからだろう。
 
もっと早く、自分がどうしたいか、将来一緒に何をしていきたいかを、その思いを丁寧に言葉にしていくべきだったのだろう。でも、もう私にはもう一度やり直す気力はなかった。
その後、しばらく一緒に暮らしてはいたが、心が元に戻ることは無かった。結局私たちは、離婚することになった。
 
もうあの重苦しい会話、言い負かしあいから解放されるという安堵感と、16年という結婚生活が消えてなくなった虚無感。すべては、私が思いを言葉にすることを避けてきたため、迎えた結末だった。
 
その後、私は現在の妻と出会い結婚した。離婚から5年後のことだった。
私が47歳、彼女が42歳、子どもはもうあきらめていたが、幸いなことに結婚直後に妊娠がわかり、その年の終わりにはムスメが生まれた。
いま考えると、今の妻の気の強いところ、酔っぱらうと面白くなるところ、自分の趣味に熱中しやすいところなど、離婚した彼女とよく似ている。 でも、大きく違うところは、お互いに向き合って大事な話をしっかりできるという点だ。
 
「以心伝心」ができた、師と弟子の関係にも、それに至るまでの数々の言葉のやり取り、相手の心を的確に察するだけの、コミュニケ―ションの蓄積がきっとあったのだと思う。
そしてお互いの間に信頼関係があるからこそ、言葉にしなくても伝わるという現象が起きたのに違いない。
 
今の妻とも、考えや感情の行き違いが起きることもたくさんある。でも、そんなときはこう切り出して、自分の思いを言葉にして相手に伝えるのだ。
 
「ねえ、ちょっと大事な話があるんだけど、いいかな?」
 
 
 
 
***

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2021-05-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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