メディアグランプリ

いびつな愛情に包まれた母と娘の遠回り


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記事:今村真緒(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
昔から、母と娘の確執はよく取りざたされているように思う。母親の期待と自己実現の身代わりを求められる娘と、その呪縛から逃れられない娘。切っても切れない縁であるだけに、その関係は複雑だ。
 
幼い子供にとって、母親は絶対的な存在だ。母親が良いと言えば、良いものだと信じ、悪いと言えば悪いことだと思う。善悪や好みまで、母親の色が強くなる。
 
私の母親は、スパルタだった。私は、幼い頃から、母親の顔色を窺う子どもだった。
母親の鶴の一声で、その日の私の心持ちが決まっていた。厳しく接せられるたびに、自分ができないから叱られるのだと落ち込んだ。母の機嫌が良いときは、外の天気が芳しくなくても、晴れ晴れとした気持ちになった。
 
私の基準は、母の機嫌によって左右されていた。実際にそれが良いことなのか悪いことなのか、自分の頭で判断することを放棄しているかのように。
母の機嫌が良くなれば「良いこと」と思い、機嫌が悪くなれば「悪いこと」だったのだと思うセンサーが、私の中に埋め込まれていた。
 
思春期になると、親のことを一人の人間として見ることが増えた。誰もが通る、成長の段階だ。
今までの反動か、私は母に対しての批判が膨れ上がってきた。
「ああ言っていたけれど、それは正しくない」
ある日、私がそう言ったとき、母は刻んでいたキャベツを私に投げつけてきた。
母にとっては、これまで何も言わずに従っていた私が反抗して、癪に障ったのだろう。
驚いたけれど、無性に腹が立った私は、同じようにボールからキャベツを握って母に投げつけた。これ以上、母親だからという圧力でねじ伏せられるのは、我慢できない気がしたのだ。
 
その日以降、母と私の間には、すりガラスのような壁が立ちはだかった。お互いに大いに相手の存在を意識しているというのに、もどかしくも脆い壁だ。一方が強く出れば粉々になる。粉々になって怪我をするのではなく、和解を以って取り払いたいのに。
 
一触即発を回避するためには、逃げるしかなかった。どうやったら、母に私の気持ちを理解してもらえるのだろう。母は勝気な人だ。正面からぶつかれば、きっとこちらが怪我をする。深い痛手を負うのが嫌で、それからは、何かあっても一歩引いた状態を維持することになった。
 
母にしてみれば、この状態は歯痒かったはずだ。言いたいことがあるのはありありと分かるのに、反抗的な目をしながらも同じ土俵に立つのを避ける娘に。
表面的には、言うことを聞く娘。自分に従ってくれていると信じたいのに、どこか冷めた目で自分を見る娘に。
 
長らく続いていた冷戦期間が、私が結婚したことで形を変えた。
母の気性は相変わらずだ。それでも、母との距離感は、その後少しずつ変化してきた。結婚後、より冷静に母のことを見つめ直すことができたからだ。
 
きっかけは、夫の言葉だった。
「どうして親子なのに、本音を言わないの?」
夫は、自分の母親に堂々と意見する。でもそれは、義母が夫の意見にきちんと耳を傾ける人だからだ。うちの母には望めないこと。私は、頑なにそう思ってきた。ぶつかって傷つくのが怖くて避けてきた私には、そんなの無理な話だ。
「でも、言わないと本当にどう思っているか伝わらないよ。違うように思われてもいいの? 親子なのに」
 
近くて遠い距離だった。永遠に分かり合えるなんて思えなかった。
親子という名でも、情が通っているとは思えなかった。
母にとって都合の良い娘が、母にとっての良い娘なのだ。そんなの、嫌だった。良い娘じゃなくて、普通の娘になりたかった。
 
ふと、気がついた。
反発しながらも、私もまた母にとっての「良い」娘になりたいと、どこかで願っていたことに。
母が自慢できるような娘に、自分を当てはめたかったことに。
だから、嫌々でも母の意に沿うよう努力してきたのではなかったのか?
相反する感情で、母に対する愛情がいびつになっていたことに。
 
母もまた、同じだったのかもしれない。母は、中学生から親元を離れて生活していたため、かなりのファザコン、マザコンだ。きっと寂しさから、理想の親子像への想いが強かったのだ。
自分が子どもを持ったなら、こうしたい、ああしたいという想いも人より強かったはずなのだ。その熱くも切ない想いが、母を駆り立てていたのかもしれない。
 
なーんだ。母もただの一人の人間なのだ。
私も、理想の母像を追い求め過ぎていたのかもしれない。
泥臭くぶつかることを恐れずに、冷たかったガラスの壁を溶かしてしまえばよかったのだ。
 
それからは、母に少しずつ本音を伝えるようになった。
「お母さんは、そう思うかもしれないけど、私はこう思ったよ」
もちろん、反論されることもある。けれども、それを厳しく否定したりはしない。
そんなことを繰り返すうち、次第に母からも相談されることが増えた。
話を聞いていると、もともと話すのが大好きな母は止まらなくなる。
 
昨日は、母の日だった。
夫と一緒にプレゼントを渡しに、実家へ向かった。
年を重ね、以前とは、体格が随分変わってしまった母。嬉しそうにプレゼントを受け取って、何度も「ありがとう」と繰り返した。
 
帰り際に振り返ると、母の背中が見えた。その小さくなった背中を見ると、母の「ありがとう」が、ひときわ深く胸に刺さった。
 
もう、体がぶつかっても痛くない、暖簾くらいになったかな。いつでもめくれば体温が感じられる、そんな距離になれたのかもしれないと思っている。
 
 
 
 
***

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2021-05-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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