メディアグランプリ

アイデアとユーモアでピンチを切り抜けろ! 世の中に無駄なことなど何もない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松浦純子(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
「ねえ、どうしよう。このタクシー、メーターついてない……」
 
ギリシャ、イタリア、フランスの三か国周遊の卒業旅行。
アテネのホテルに着いたのはもう日が傾きかけた頃だったが、せっかくだし、と欲張って観光に出かけ、うっかり白タクに乗ってしまった三人の女子大生。
 
初ヨーロッパということで、私たちは浮かれていた。
あちこちで写真を撮りまくり、気づいたら限りなく日が沈みかけていたのだ。
「ねえ、もう暗いよ。急いでホテル帰らないとまずいよね。夜は治安が悪いってガイドブックにも書いてあったし」と誰かが言い出し、残る二人もそうだそうだと頷いた。
すると目の前に、まるで私たちを待っていたかのように一台のタクシーが止まっており、運転手が「もう暗くなるし、タクシーでホテルに帰ったほうがいいよ」と勧めてきた。
 
「どうする?」「もう歩いて帰れないよね」「じゃあ乗ろうか」とタクシーに乗車したはいいが、それが白タクという恐ろしい事実に気づいたのだった。
 
日本語はわかるはずないのに小声で「これって白タクだよね?」とヒソヒソと話しつつも、後部座席の三人の体は強張り、戦慄が走っていた。
 
私たちの動揺は想定済みとばかりにタクシーの運転手は、「いいレストランがあるから連れて行きたい」と推してきた。当然、断ったがグイグイグイグイ推してくる。ら行の発音だけやけに巻き舌で「ビューティフる、レストらン、ベりーベりー、ポピュらー」と連呼した。
「レストランっていうけど本当かな? 見世物小屋に売られたりしないよね?」と妄想癖が激しい私は、ついうっかり口にしてしまい、二人を激しい不安に晒した。
 
閉じ込められた空間で私たちは為す術もなく、レストランに連れて行かれた。
そこは薄暗く、綺麗でもなく、恐ろしいことには店内には客が一人もいなかった。大柄の赤いギンガムチェックのテーブルクロスが、がらんとした空間を余計物哀しくさせていた。「ビューティフルでベリーベリーポピュラー」とはまるで正反対だった。
タクシーの運転手が早々に席について赤ワインをガブガブ飲んでいるのを見て、全てを理解した。レストランと運転手はグルで、何も知らない観光客を連れてくることが目的だったのだ。
 
メニューを見せられても当然食事をする気もない。カウンターに陳列されている魚の鮮度も怪しいものだ。ただ、何か頼まないことにはこの場を切り抜けられないだろう。相手を刺激せずに、このピンチをどうやって切り抜けるか。一か八か、だ。
オーダーを取りに来た店員の前で、私は大きく息を吸った。
 
「ぶっせつ、まーかーはーらーみーたーしんぎょうー……(この先はわからないから、ワープしよう)……ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー……はんにゃーしんぎょーう……」
 
と手を合わせ、法事で耳にする般若心経を適当につなげ大真面目に唱えた。友人二人も目を瞑り、手刀を切る形で手を顔の前に出し、神妙な顔をして女子大生三人は「敬虔な仏教徒で、魚も肉も食べられないベジタリアン」になりきった。般若心経もどきを唱え終わった後、心底悲しそうな顔で、申し訳ないけれど食べられるものがないと説明した。
 
この演技が功を奏したのか、遠い国の信仰の文化を持ち出されてはお手上げだと思ったのかは不明だが、ぶつ切りのキュウリにオリーブオイルがかかったサラダ一皿で許してもらえた。あとにも先にも、あれ以上の味のしないキュウリを食べたことはない。
 
レストランに行くまではあれほど饒舌だった運転手は、レストランを出たあとホテルまで一言もしゃべらなかった。飲酒運転で事故になったらどうしようとか、サラダしか頼まなかったことで、腹いせにどこかに連れ去られたらどうしようと心配したが、ホテルの前で無事、解放された。私たち三人はとにかく命が助かったことに感謝した。
 
咄嗟に思いついたこの切り抜け方は、大学生のときにアルバイトをしていた会社の社長の教えによるものが大きかったと思う。社長あてにいろいろな売り込みの電話がかかってきて、それを対応するのが私だった。
このような電話には、多くを語らずに切るのが鉄則と言われているので、私も手短に冷たく切っていた。すると社長に「あんたね、そんな対応しちゃだめ。こっちは相手がどこの誰かも知らないけど、相手はこっちの番号を知ってるんだ。言葉ひとつで逆恨みされて、無言電話とかいたずら電話とかされたりしたら、もっと大変になるのがわかるだろ。相手に『これは確実に無理だ』と思わせつつ、どうやったら気分よく電話を切ってもらえるか、もっと頭使って考えな!」 と言われていたのだ。
 
相手から不意打ちをくらったとしても、感情むき出しで相手から無理難題を押し付けられたとしても、一緒に感情的になり同じ土俵に上ったら負けだ。こちらの感情は出さずに、頭を使って、上手に断ること。
つまりは、アイデアとユーモアで相手を納得させるNOを伝えること。
 
嘘をついたり演技したりすることも、優しさの一つであり、世渡りのための道具だということをギリシャのあの一件で学んだ。エセ仏教徒だろうがなんだろうが、相手を納得させれば、それが真実になるのだから。
 
お葬式や法事以外で般若心経を使うシーンがあるとは思っていなかったが、意外に役立つものである。アルバイト先の社長の小言も内心「うるさいなあ」と鬱陶しく思ったことも何度もあったが、組み合わせ次第で人生のちょっとしたピンチに使えるものである。
 
「世の中に無駄なことなど何もない」というが本当にその通りなのかもしれない。
 
 
 
 
***

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2021-05-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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