顔面神経麻痺と小3の娘が教えてくれたこと
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記事:櫻井和博(ライティング・ゼミ平日コース)
37歳の誕生日の3日前の午後、ぼくの右側の顔面は動かなくなった。
診断は顔面神経麻痺。ガンメンシンケイマヒ。記憶に残るネーミングの基本をすべて抑えている。ネーミングの基本は、濁音、破裂音、鼻音、撥音を含む音、アルファベットで言えば、G、D、B、V、P、M、Nを含む音を組み合わせることだ。例えば、「ガンダム」「エヴァンゲリオン」「アンパンパン」。
「ガンメンシンケイマヒ」
一度耳にしたら離れない。素晴らしいネーミングだ。ネーミングだけじゃない。症状もすごい。右側の顔面が動かなくなるのだ。まばたきができない。笑顔がゆがむ。水を飲もうとすると右側から水が少しこぼれる。
小学校3年生の娘が帰ってきた。事情を話した。目の前で、まばたきや笑顔をして見せた。娘はにわかには信じられない様子で、不安そうに、でもその不安をぼくに伝えないように、少し笑顔で、優しい目をしていた。でもしばらくすると、その目は涙でいっぱいになり、涙がこぼれた。声は出ていなかった。
多くの場合は、数か月すれば、麻痺は改善していくことを伝えると、少し安心したのか、いつもの娘に戻った。平常心を取り戻すと、娘は理由を知りたがった。ぼくは医者から聞いたり、インターネットで調べたりした情報をもとに、娘に説明した。
大きく分けて2種類あり、ひどい場合は、耳が聞こえなくなる可能性もあるが、ぼくの場合は、耳は聞こえていること。多くの場合、数か月すれば回復するが、時間がかかることもあること。ウィルス(コロナではない)によるもので、誰でも発症しうる病気であり、ストレスなどで身体の免疫が落ちているときに発症しやすいこと。
その日の夜、娘と一緒にお風呂に入ると、娘がぼくに聞いた。
「パパは誰か嫌な人がいるの?」
ストレスという言葉を聞いて、気になっていたのだろう。娘も小学校に嫌いな人がいて、その人との関わり方に苦しんでいるとは聞いていたので、娘と一緒に考えることにした。
仮にストレスが原因であったとすれば、ぼくには思いあたることがひとつあった。それは長い間進めていた部署横断のプロジェクトを、関連部署の役員にばっさりと切り捨てられたこと。切り捨てられただけでなく、仕事の進め方に対してクレームをつけられたこと。
ぼくは娘に伝わるように、
「あんちゃん(←娘の名前)がもし、一生懸命、絵を描いているときに、隣のクラスの先生が突然教室に入ってきて、その絵をビリビリに破いたらどうする?」
「悲しくなる」
「だよね。パパも会社で同じようなことがあったんだ」
「それで、お顔が動かなくなっちゃったの?」
「しょうがないかなって思って、それほど落ち込んでないつもりだったんだけど、身体は正直っていうか、本当はすごくつらかったのかも」
「どうしてそんなことするの? って聞いてみた?」
「聞いてみたよ。校長先生には見せられないからって」
「だったら最初からお絵描きなんてさせちゃだめだよね」
「そうだよね……。どうすれば良かったんだろうね」
翌日、娘もいろいろと考えてくれたのだろう。学校の図書館で『もうふりまわされない! 怒り・イライラ』という本を借りてきてくれた。そこにはこんなことが書いてあった。
・怒りにはいつも「べき」が、ひそんでいるんだ。
・きみの「べき」がわかれば、相手も行動を変えてくれるかもしれないよ。
・「なんで?」と問い詰めたり、一方的にせめてしまうのは、マナーいはんだったよね。友だちはなにもいえなくなってしまうよ。
誕生日、娘がぼくに手紙をくれた。
「パパへ
わたしは、パパがへんなふうになったのはかなしいけどパパはだいすきだよ(ハート)
これからもかっこいいパパでいてね!」
娘の目から見て、ぼくは「へんなふう」になった。大人だったら言えない言葉。ぼくはいま、確かに「へんなふう」だ。まっすぐに「へんなふう」と言われて、少し気が楽になった。
ぼくは、「べき論」に囚われていたのかもしれない。自分で言うのもなんだが、頭の回転が速い分、既存の情報、目の前に与えられている情報に縛られる思考が強いのだろう。直す直さないということではなく、情報を広げ、心の底から「どこにも正解はない」と考えられるようになれば、「べき論」も雪解けていくのだろう。
今回は、たまたま、娘が「パパは誰か嫌な人がいるの?」と聞いてくれたところから、そんなことに気づいた。ぼくのことを思って、本を借りてきてくれたおかげで、「べき論」に囚われていた自分に気づいた。感じたことをストレートに「へんなふう」と手紙に書いてくれて、気持ちが楽になった。
「ガンメンシンケイマヒ」は、その強烈なネーミングとともに、誰かを思う一言、少しの行動が、世界を明るくしてくれることを教えてくれた。行動に勝る情報や知識はない。迷ったら実践しよう。娘のように相手を思う気持ちが根っこにあれば、それは誰かを救うきっかけになる。
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