おくどさんは日本人の原風景なのかもしれない
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記事:晏藤滉子(ライティング・ゼミ超通信コース)
「土曜夜、おくどさんの会来られる?」
去年の秋口頃だろうか、友人からありがたいお誘いを頂いた。
「もちろん! 喜んで」私は即答した。
というのは、彼女から面白い話を聞いていたからだ。
彼女のご主人は、とても好奇心が強い人らしい。
ある時、知人が実家を処分するにあたり、台所に据えられた「おくどさん」の扱いに頭を悩ませていたらしい。その話を聞いたご主人は「おくどさん」に興味津々。譲り受けたらしい。
「おくどさん」と聞いてすぐイメージ出来る人は少ないだろう。
その呼び方は、京都や奈良県の方言らしく、「かまど」の方が全国的で分かり易いかもしれない。
おくどさんは、縄文弥生時代から続いている文化だ。その形態は時の流れと共に変わるが、昭和初期までは紛れもなく毎日の食卓を支えていた調理設備だ。
何処の家でも当たり前にあるものであり、古い日本映画や、昭和初期が設定のアニメーションではよく見かける代物だ。鍋を置くための台と、下には火をくべる窯が一体化している。薪や乾いた小枝を燃やし、その熱で調理をする。土間に置かれていることが多いおくどさんは、ご飯を炊くのも、魚を焼くのも、煮物でも何でもござれの万能調理設備。今でいう所のシステムキッチンなのだろう。
重さも相当な筈だ。友人知人の助けを借りて、何とか自宅の庭に運び込み、何十年と使われていなかったおくどさんを蘇らせる・・・・・・。完成までの数か月間、ご主人の目は子供の様にキラキラしていたらしい。そんな話を聞いていた私は「待っていました!」と云わんばかり、お誘いに飛びついた。
ただ、おくどさんというものを分かっていたものの、
実際どのように使っているのだろう? 何処に置いているのだろう?
彼女の家には度々伺っているが、おくどさんのある風景は想像がつかない。
私は「おくどさんの会」が待ち遠しかった。
「見て! これなのよ♪」
彼女に紹介されたおくどさんは、古ぼけたイメージなど全くなかった。まるでアンティーク家具のように磨き上げられ、誇らしそうにドンと構えている。驚いた事には、置かれた場所は庭であり、おくどさんの為に設えたジャストサイズの小屋に鎮座していた。小屋の観音扉をあけると、おくどさんがいる。煙の通路も、必要な調理道具も内臓されている。傍らには可動式の屋台風のカウンターまでもあった。
おくどさんの修繕も、小屋やカウンターも、全てご主人が自作されたとのこと・・・・・・素晴らしい! 私は、ご主人のおくどさんに対する情熱に感心した。
夜になり、ライトアップされた「おくどさんの会」は何とも贅沢な体験だった。
現役に返り咲いたおくどさんは、非常に腕の立つ料理人のように、全ての料理を完璧に同時進行していく。
鶏肉も、シシャモも、イカも、火の力で驚く程美味しくなる。
ごはんだって絶妙の炊き具合、焼き芋なんて美味しすぎる。
そして、おくどさんの放つレトロな雰囲気は何よりの御馳走。
お披露目は大成功だ。
火といえば・・・・・・私はキャンプへ行けば、焚き火を眺めることが一番好きだった。癒されるというか、無心になれる。炎の揺らぎはリラクゼーション効果があるのだろう。
ただ「おくどさんの火」は、焚き火とは違うように思えた。
焚き火は、火というよりも炎を連想する。非日常的な場面の「魅せる炎」。
一方「おくどさんの火」は、「生活を支えてくれる火」だった。
鍋を置く、料理する、窯の中に芋を放り込む・・・・・・、
その度に人間は、おくどさんの火の様子を伺い、風を送り込んだりする。
横から眺めていて、ご主人とおくどさんは阿吽の呼吸、良いコンビだ。
おくどさんの火は、頼もしくて温かいと感じた。
火の力って凄いものだと、改めて思った。
そういえば子供の頃の記憶では、田舎の親戚宅のコンロの脇には、火難除けの御札があった。「おくどさん」という名前の由来も、かまどのある場所を護る神様からきている説もあるらしい。古来から火を扱う場所は神聖な場所だったのだろう。
おくどさんは、廃れゆく文化の中のひとつだ。現役で使われていることは稀であるだろうし、古い写真や映画の中でしか存在しない過去の遺物だからだ。ただ、何十年ぶりに現役に復活し、活躍しているおくどさんを眺めていると、古い文化の終末を見るようで、惜しいような寂しいような複雑な気持ちになる。きっと世の中には多くの「おくどさん」が静かに休眠しているのだろう。役目を終えたものとして・・・・・・。
便利さや効率を追求した生活は私達の生活に浸透している。おくどさんにとって変わった、ガスの火力や家電は生活に欠かせないものだ。
でも人間は、廃れゆく文化を新しい文化に変容させる智慧を備えている思う。非効率で不便さえも楽しみに変えていくゆとりの視点。古くてもその良さを認めた上で、現代に合ったリニューアルを施していく創造力だ。
数年前のことだが、中古の別荘を購入し、自らリフォームした知人からこんな話を聞いた。別荘において唯一拘ったのは「囲炉裏」。家族の反対がありながらも、どうしても作りたかったらしい。近くの渓流で魚を釣り、それを囲炉裏で焼くような生活がずっと憧れだった。彼は子供の頃、時代劇の囲炉裏を囲むシーンを脳裏に焼き付け、「いつかは・・・・・・」と夢見ていたそうだ。
「おくどさん」にしても「囲炉裏」にしても、日本の古き良きものを心のどこかで懐かしく思い、追い求めている。廃れゆく文化であっても、ある意味日本人の原風景なのだろう。
あの夜「おくどさんの火」を囲んで、はしゃいでいた私達はまるで子供のようだった。まるで故郷に帰って来たかのように懐かしくて、温かくて・・・・・・心はゆるりと和んでいた。
***
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