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桜に寄せて


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記事:浅倉史歩(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 

言うまでもなく、日本を代表する花。
平安の世から「花」といえば桜を示していることからも伝わってくるように、古くから身近な花で、日本中どの地域にも有名無名を問わず「桜の名所」なるものが存在し、開花ともなればこぞって花見に出かける。
 
例に漏れず私も毎年開花を待ちわび、特に仕事で京都に出かけることの増えたこの数年は、京都の桜名所を毎年はしご。
 
京都御苑の「近衛の桜」「出水の桜」、上賀茂神社の斎王桜、産寧坂のしだれ桜、祇園白川、六角堂、南禅寺、哲学の道、琵琶湖疎水、真如堂といった有名どころはもちろんのこと、おそらく地元民でも知る人は少ないであろう水路閣から眺めはとっておきの景色。
満開の鴨川沿いなんて何時間でも歩けちゃうし、今年初めて訪れた「原谷苑」は、「こういうのを桃源郷というのか!」と心酔して、気づいたらほぼ半日をそこで過ごしていた。
 
あのやさしいピンク色につつまれると、不思議なことに心の棘やいらいらがなくなり、柔らかく優しい気持ちになれる。
悩んでいたことも一瞬忘れて笑顔になれる。
「もうちょっとがんばってみようかなー、顔上げて歩いてみようかなー」と前を向ける。
 
ものすごーくパワーをもらったような気がするのは決して気のせいではなく、桜の開花というのは、地球全体のエネルギーを放出していると聞いたことがある。
 
「桜には生きる気力を与えてくれる魔法がある」と言っても過言じゃないと思うのは、私だけなんだろか?
 
と、ここまで書いておきながらではあるが、実は私、桜が好きじゃなかった。
好きじゃなかったというより、受け入れられなかった。
というのは、桜の「一年に一度だけ、限られた期間に一生懸命咲いています!」感が見ていてしんどくて、あまりにプレッシャーで、心が押しつぶされそうだったのである。
 
思春期以降、私の心はいつもすさんでいた。
今では決して許されないほどの束縛と圧力まみれの中学時代、受験に負けた高校時代、不本意な進学先では孤独な大学生活、なんとかひっかかった就職先は一世を風靡したほどのブラック企業。
 
さらに好きになった人には軒並み振られまくり、逆に他人が立ち直れなくなるくらい傷つけ自己嫌悪、私の人生はどうしてこうもうまくいかないんだろうと悶々と過ごしていた。
何に対しても誰に対しても、「一生懸命ってしんどいだけ、報われなかったときの凹みが大きくなる、だったら一生懸命なんてやらなきゃいいじゃん」と真剣に思っていた。
(それが思春期だけじゃなく、20代半ばまで続いていたんだから、今思うとなんてあほなんだろうと我ながらあきれる)
 
そんな中で一年に一度桜の季節を迎えると、世間とは逆でどんどん心が沈んでいった。当時、ごく軽い鬱とも診断されてしまっていた。
桜のキラキラ感がまぶしすぎて耐えられなくて、桜のパワーに向き合えなかった。
というより、生きる力を奪われてしまうような気にさえなった。
 
そんな私が、桜に心を開けるようになったのは、一首の和歌に出会ってからのこと。
それがごくごく当たり前のことを詠んでいる作品なのに、感じていることは同じなのに、自分でもなぜかわからないけれど、その歌に心奪われた。
 
百年に 百回咲くと いうことの 桜の命 まぶしかりけり    俵万智
 
いやいや一年に一回咲くんだから、百年の間には百回咲くよね。
桜の命がまぶしいって、それを受け入れられなくてぐずぐず言ってるの自分だよね?
 
とさんざん自分で突っ込みながらも、この作品が心の中にすーっと入り込んでいくのがわかった。
何度も何度も声に出してみた。
 
決して特別なことがあったわけではない。
多分、多分だけれどちょうどそのころ、ぐずぐず言っている自分にもう自分でも嫌気がさしてきていたころだったのではないだろうか。
社会人として数年が経過し、それなりの経験が私の心に風穴を開けてくれていたのかも知れない。
ほんの数年の間に、大好きだった人を何人も続けて見送ってしまったことは大きかったと思う。
つまり、なんのオチもなければドラマ的展開もない話。
少しずつ自分の心が変わっていった、たったそれだけのことである。
当然のことながら桜の在り方も何ら変わっていない。
桜にしてみれば、勝手に嫌われて迷惑な話である。
ただ言えるのは、絶妙なタイミングでその作品に出会えた、ということだろうか。
 
こうしていつの間にか、桜の花を素直に「きれい」と思えるようになった。いや、それだけではない。
咲き誇る満開の桜より散りゆく桜のほうに落ち着きを覚えたり、「樹」全体の姿よりも、花一つのほうに命と存在感を見出したり、花見客の去った後の静けさの中の桜にいとおしさを感じたり、雨の中を舞う桜には言い知れぬ郷愁と悲しさに思わず涙したりと、桜は私の中に眠っていた感受性と感情を引き出してくれていたことにも気づいた。
 
百年に 百回咲くと いうことの 桜の命 まぶしかりけり  俵万智
 
百年後、当然のことだが私はこの世にいない。
あと何度、桜の季節を生きることだろう。
来年はどんな思いで、何を感じながら桜を眺めているのだろう。
そう思うと桜が一年に一度しか咲かないことは、人間にとってとても価値があることに感じてならない。
 
だから植物の世界にどんな技術が進化しても、日本人には桜を通年花屋の店先に置くような無粋なことはしないでいてほしいと願っている。
 
 
 
 
***

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2021-05-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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