愛情無添加 手作り活動の結末
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:いしはるま(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ただいま」。
玄関に漂ってくる、いい匂い。これは私の大好物のチーズケーキに違いない。
「おかえり。今日はあなたの大好きなチーズケーキを作ったのよ」と笑顔で母が出迎え、おいしい紅茶とケーキ楽しみながら、学校であったことを色々と話す。
小学生だった頃、私はこんな生活に憧れていた。
実際のところは、両親が共働きだったので、帰っても誰もいない。
「ただいまー、おかえりー」と自分で自分を出迎え、戸棚を開けておせんべいやスナック菓子を取り出し、テレビの再放送ドラマを見ながら一人で食べる。
お菓子があるのはいい方で、何も食べるものがない時もよくあった。あまりに何もなくて、だし用の煮干しをかじったり、薬箱に入っていた浅田飴(のど飴)をなめたこともあった。
誕生日でも手作りのケーキなんて出てきたことは一度もない。
誕生日の夕食が焼き魚定食風で、母に涙ながらに抗議し、週末にケーキを買ってもらったこともあった。
いつしか私は、自分が母親になったら、子どもには色々手作りしてあげたいと考えるようになっていた。
そして母になった私は、念願の手作り生活を始めた。
私の手作り生活を支えてくれたのは、レシピ検索アプリのクックパッド。『食べたいもの+簡単』と検索すれば、初心者でも簡単に作れ、かつ中々美味しいレシピがでてくる。
今まで手作りに憧れながらも、「難しそう……」と敬遠していたが、クックパッドに導かれ、プリンにケーキ、手作り生地のピザやキッシュなど、色々なものが作れるようになっていった。私の料理の腕前はぐんぐん上がっていき、マヨネーズやドレッシングなども作るようになり、手作り生活が楽しくて仕方がなかった。
楽しかった手作り生活の転機は、仕事への復帰。
平日は仕事と家事、育児で手一杯。週末も育児と家事に追われ、休日なのに休めない。
それでも私は、子どものお守は夫かテレビにお願いし、憑りつかれたように手作りを続けていた。
疲れ切った母と、雑誌に出てきそうなおしゃれで栄養バランスがとれているおかずたちの滑稽なコントラスト。
こんなに頑張って手作りしているのに、息子の食が細いことが許しがたかった。
食が進まない息子に猛烈に腹を立て、「もう食べんでいい!」と怒鳴り、泣き叫ぶわが子を無視して、食事を強制終了させたことも1度や2度ではなかった。
子どもが食べないのは私の料理の腕が悪いせいだ、もっと工夫しないと子どもが元気に育たないと思い、益々手作りに執着していった。
その頃の私のエネルギー源は、周りの人からの賞賛だった。
子どもの口に入るものはほとんど自分で手作りしていると言うと、みんな「いいお母さんだね」、「すごいね」と褒めてくれた。
特に母には、「この間の誕生日にはブルーベリーチーズケーキを作った」とか、「旦那さんの家族を招いて、全部手作りでホームパーティーをしたんよ」と、手作り生活を自慢していた。その度に、母は「忙しいのに色々手作りしていて、あんたはえらいねえ。私は中々そこまでやってあげられんかったけど、あんたはすごいねえ」と若干のほろ苦さを漂わせながら、私を褒めてくれた。
周りの人からの賞賛は麻薬のようなもので、ヘロヘロになりながらも、私はそれを糧に手作り生活を続けた。
そんなある日、ちょっとした事件が起こった。
その日は、子どもの保育所最後の運動会。遠方に住む私の両親も招き、運動会の後にはホームパーティーを予定していた。
朝早くから準備を始めたが、慣れないちらし寿司をメイン料理にしたこともあり、運動会開始までに準備ができず、渋々料理を中断して運動会の応援に駆け付けた。応援中も、未完成の料理のことが気になり、運動会に集中できない。
そんな時、次の息子の出場種目まで少し時間があることに気づき、私は一旦家に帰り料理を完成させることにした。
次の種目は竹馬。毎年、我が子の頑張りと成長に涙する親続出の、本日のメインイベントだ。この日のために、最後の運動会となる息子は、手や足にマメを作りながら3ヶ月間毎日必死に練習し、得意技を磨いてきた。今朝も「めっちゃかっこいいわざするから、ちゃんとみといてね」と息子から言われていた。
一旦家に帰り、手早く料理を終わらせるつもりが、もたついてしまい、時間を見てビックリ。もう竹馬が始まっている時間になっていたのだ。
保育所まで猛ダッシュでたどり着くと……。
まさに竹馬を持った子ども達が退場するところだった。
青ざめて観客席へ行くと、夫と両親に「何やってるの!もう終わっちゃったよ!」と言われ、「ゴメン……」と言うのがやっと。その後のことはよく覚えていない。
その晩、父に言われた。
「お前は良く頑張っている。仕事も育児も大変なのに、ちゃんと料理もしていてすごいと思う。でも、何でもかんでも手作りじゃなくてもいいんじゃないか。飯なんか食えたらいいんだよ。それよりもお前が笑っていることの方が大切だ。旦那も子どももお前の笑顔が一番なんだ。女の笑顔は世界を救うっていうからな」。
そう言うと、父は豪快に笑った。
張り詰めていたものが、プツンと切れた。
ホンマやなあ。何やってたんやろう、私。
最初の内は、自分が作ったもので相手が驚いたり喜んだりするのを見るのはたまらなく嬉しかったし、手作りすること自体が楽しく、幸せな時間だった。
でもいつしか、手作りが良い母親であることをアピールをする手段にすり替わってしまった。愛情無添加、自己顕示欲たっぷりの手作り品のために、私は疲れ切って、子育てもうまくいかなくなっている。
本当に馬鹿だなあ、私。
びっくりするぐらいたくさんの涙が出た後、私は心の中で家族に謝り、そして決心した。
これからは、家族のためにも、自分が幸せで、笑顔でいられる生活をしよう。
そして、自分の幸せはちゃんと自分の心で決めよう、と。
未だに根強い、手作り信仰。
子どものために時間も手間もかけることこそが良いとされていて、私も含め、世界中の母親達がその考えに縛られ、苦しんでいる。
約5年間手作り生活をした私の出した結論は、「手作りをしても、必ずしも子どものためになるわけではない」ということ。
大切なのは、何をするかではなく、どんな気分でいるかだと気付いた。
夕食がインスタントラーメンだとしても、家族が幸せな気分で麺をすすっているのだったら、それでいいのだと思う。
そして、私の出したもうひとつの結論。
それは、「子どものためにも、大切なのは、母親の心からの笑顔」。
だって、女の笑顔は世界を救う! らしいから。
***
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