メディアグランプリ

児童文学『フキンシンで美しい夜の絵』


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:いのまたかなこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
先生が、『美しくて感動したもの』と黒板の真ん中に書いた。
 
「皆さんにとって、これは綺麗で美しかったな、心がどきどきしたな、そういう景色や物は色々あると思います。いいですか。今日の図工は、それがテーマです。皆さんがそう感じた物を自由に描いてください」
 
私は、先生の書いた文字自体がもう綺麗だと思って見ていた。大人はみんな立派な字を書くけれど、先生の文字は特に上手だといつも思う。
 
白い画用紙を配り始めた先生に、
 
「先生、動物でもいいですか?」
 
と活発な拓也くんが聞いた。
 
「もちろんです。自分が美しいと思ったものなら、動物でも人でも何でも結構です。描いた絵についてはあとで、題名と、どんなところが美しく感動したかを発表してもらいます」
 
私は黒板の字を見た時から描くものを決めていた。
星空だ。
 
画用紙が手元に渡ると、みんなは『美しくて感動したもの』を描くのに集中した。
美紗ちゃんは、花壇で育てているパンジーとモンシロチョウを。
弘くんは、家族で釣りに行った時の海と魚を。
拓也くんは、小さい頃から飼っている犬を。
弟が生まれたばかりの由香ちゃんは、赤ちゃんを描いていた。
 
私も真剣に描く。
夜の風景だったから、ずいぶん難しい。
私はちょっと工夫して黒い絵の具をいっさい使わないで、赤や青や色んな絵の具を混ぜて夜の家並みを描いた。
特に苦労したのは夜空だった。星だからと言って単純に星形に描いてはつまらない。
あの感動を表現するのには、吸い込まれそうな星空を描かなきゃいけない。
私はすでに夜を塗ってある空に、白と黄色を使って大小細やかな点を慎重に乗せていくことにした。
 
図工の時間が終わりに近づくと、みんな順番に描いた絵を発表していく。
美沙ちゃんのも、弘くんのも、拓也くんのも、由美ちゃんのも、みんなとても色とりどりで鮮やかな絵だった。説明なんか聞かなくっても、どんな所に感動したかが工夫されて描かれていた。
いよいよ私の番だ。
自分でもうまく丁寧に描けたからもしかしたら褒められるかもしれない。だからちょっと照れながら、でも自信満々に発表した。
 
「停電の夜空です」
 
けれど思いがけず、先生は眉をひそめた。
 
「停電って、あの地震の時の?」
 
「そうです、あの時外に出たら真っ暗で」
 
「うーん。ちょっと、どうしようかしら」
 
先生は、私の説明さえも遮って首を傾げた。
私は、何がどうしようなのかわからず、絵を持っている手が汗ばんだ。
だんだん不安になってきた。
何か間違ったことをしただろうか?
 
「いいですか? あの地震はたくさんの人が亡くなったり、怪我をしたり、とてもひどい災害でしたよね。それを美しい、まして感動したなんておかしいと先生は思いますよ。不謹慎です」
 
手足の感覚が冷たくなっていく。
そんなにおかしいことを描いたんだろうか。
心臓がばくばくする。
 
確かに先生の言うように、こないだの地震は大変な災害だった。
親戚のお家は土砂崩れで家が潰れた、とも聞いた。
私だって怖かった。
その日、夜中に揺れ始めると、私はすぐに目が覚めた。
 
「大丈夫か!?」
 
電気をつけながらお父さんとお母さんが私の部屋にやってきた時には、ぐらぐらだった揺れがぐらんぐらんに変わって、あっという間に家中の電気が消えた。
私は恐ろしくてお母さんにしがみついた。
 
「公民館に避難するぞ、大事なものだけ持っていくんだ」
 
お父さんの言葉に私はますます怖くなって、とにかくパジャマから洋服に着替えるしかできなかった。なぜか空っぽのランドセルだけを持って。
外は、少し寒かった。
灯が消えた街並みは不思議な静けさに満ちていた。
建物や信号、電柱さえも消えて、時々走る車のライトだけが見えた。
その時、急にお父さんが持っている懐中電灯を消した。
 
「どうして!? お父さん、早くつけて! こわいよ!」
 
でもお父さんは黙って微笑み、夜空を指差した。
 
「見てごらん」
 
指差した先には、星が、空一面に輝いていた。
 
「わあ……」
 
私は感動した。
星の美しさに、宇宙の偉大さに、感動したのだ。
 
「いつもは街の光に負けて見えないけれど、いつだって星はあるんだよ。不思議だな。地震という自然の恐怖のおかげで自然の美しさに気づくなんてな」
 
「お父さんすごくきれいだね! ね、お母さんも見てる?」
 
私の意見にお母さんも賛同する。
 
「ほんとね。まるで私たちに勇気をくれているみたいだわ」
 
その通りだった。
星は見れば見るほど、ますます美しく、神秘的だった。
 
あの夜を描くことが、本当にフキンシンなんだろうか。
けれど先生の言葉に何も言えず、私は泣きそうになった。
その時、カタッと誰かが席を立つ音がした。
 
「あの……あたしは、あたしも避難する時見ました。弟を抱っこしながらあの星空を見て、すっごく綺麗だなって思いました」
 
小さく声をあげたのは普段おとなしい由香ちゃんだった。
 
「先生、俺も見たよ。宇宙ってすげえって感動した!」
 
拓也くんはハッキリ大きな声で言い切った。
すると次々とクラスのあちこちから賛同する意見が飛び交った。
 
はらはら落ちた涙の粒が画用紙を濡らした。
一生懸命描いた星は滲んだが、私の胸は、あの日の星空のように輝いて熱かった。
 
 
 
 
***

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2021-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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