メディアグランプリ

初めて釣り竿を手にしてから


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:伊藤瞳子(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
昨年のゴールデンウィーク、私は釣り竿を握って海を眺めていた。
 
私の住む地域では、毎年5月3日と4日に、「甚句祭り」という祭りが催される。
子供たちは学校単位でお祭りに参加し、パレードをしたり、屋台とよばれる後ろにステージを備えた車に乗って、太鼓を演奏したりする。
40年も続く伝統のお祭りだ。
開催されなかったのはその年初めてのことだった。
急に予定のなくなったゴールデンウィーク。
義父を誘い、県内沿岸の大船渡の方へ、釣りにでも行ってみよう、ということになった。
主人は、子供の頃、よく親子で魚釣りをしたそうだ。
何十年か振りに、親子で釣りに行く。
今度は親子3代で。
 
車で1時間半。
山道を越え、たどり着いた大船渡。
東京から岩手に引っ越して4年。
沿岸に行くのは実は初めてだった。
 
町に入ると、震災のあとに建て直されたと思われる、新しい建物が立ち並ぶ。
道路の標識を見ながら走っていると、
「津波到達」と矢印の書かれた看板が、
頭上遥か高くに掲示されていた。
車を走らせながら、津波のときに、この道路を車で走っていた人がいたのだろうか、と思う。
ここに津波がきたんだ。
テレビで何度もみた津波の映像がフラッシュバックする。
息がつまる。
一見、元通りの生活のように見える街並みも、
私たちは忘れない。
忘れてはいけない。
そういう空気を感じた。
 
漁港に向かう途中、海が見えてきた。
そして、漁港に近づくにつれ、また海は見えなくなった。
白くそびえ立つ、巨大な堤防。
町を津波から守るため、さらに高くなった堤防のために、海は見えなくなったのだ。
堤防をくぐると、また海が見えた。
すでに何組かの、釣りをする人たちがいたが、何十メートルも離れており、密とは程遠い。
 
私は親子3代で釣りをする後ろ姿を写真に収めた。
日焼けしたくないので、車で待っていようと戻ろうとすると、義父に
「釣り竿が余っててもったいないから、これ持ってて」
と釣り竿を渡された。
釣り糸に、小さな針が10センチおきに6個くらいついている「サビキ釣り」という釣り竿らしい。
言われるがまま、しばらくじっと握っていたが、なにも起こらなかった。
息子も「全然釣れないじゃん」とやや不機嫌になっている。
「こっちに小さい魚が沢山いるよ!」
いい釣りポイントがないか、漁港をひと回り見てきた義父に言われ、行ってみると、
白い細かいものがウヨウヨしていた。
シラスみたいだ。
大群になっており、そこに釣り糸をたらしてみた。
「上下に動かしてひっかけるんだよ」
ぴょこぴょこと上下に動かしていると、ピピッとなにか違和感があった。
竿を持ち上げてみると、釣り針に小さい魚がひっかかっているではないか!
「釣れたぁー!!」
上から見える魚にひっかける感じなので、これなら私でもできそうだ。
その後も次々と、1回に2匹、3匹と面白いように釣れる。
 
おもしろい。
 
味を占めた私は、日焼け止めを塗りなおし、本格的に釣りをやってみることにした。
今度は別の釣り竿を使ってみることになった。
重りと、餌になるミミズのようなもの(アオイソメというらしい)をつけてもらって(私は虫が触れないので、義父につけてもらった)釣り糸を海の中におろしていく。
リールがくるくる回って、重りが下がっていく。
そして、重りが海底に到達すると、トン、という振動を感じると同時にリールがとまった。
「魚が餌に食いつくとピクピクっとなるから、そしたら引き上げて」
波で重りが揺れている感じがなんとなくわかる。
竿を通して伝わる感覚で、海の底の魚と駆け引きをするというわけだ。
目をつぶって、海の底の魚の様子を想像する。
海は静かだ。
目を開ければ空は真っ青で、眩しく、思わず目を細めてしまう。
後ろを振り返れば新緑に覆われた山々に鳥のさえずりが響いている。
心から満喫していた。
きっかけはコロナのせいで釣りにいくことになったわけだが、非日常に身をおくことで、現実を忘れ、いい気分転換になった。
 
この頃、普段医療現場で働いている私は、何をしていても、コロナが頭に染みついて離れなかった。
夜の会合がなくなり、外食もしなくなり、家に閉じこもるようになった。
お祭りも中止、運動会も中止。
楽しみにしていた、小学生の娘と行くはずだったGirls2というアイドルのコンサートも中止になった。
何もかもが悪い方向に向かっている感じがしていた。
だが、コロナはまたもや思いも寄らない出来事をもたらした。
 
しばらくすると、中止したコンサートの代わりにアイドルのメンバーとテレビ電話できるイベントが開催されることになったのだ。
娘と自宅で、ファンだったキラちゃんからの電話を待つ。
電話がかかってくると、携帯の画面にキラちゃんが映っている。
キラちゃんは娘の名前を呼び、画面越しに娘とハイタッチしてくれた。
 
悪いことばかりではないようだ。
 
コロナ以降、気が付けば沢山の初めての経験があった。
Netflixを契約し、韓国ドラマにハマった。
海外のアイドルBTSのオンラインライブを家で見た。
初めてキャンプ場でキャンプをしてみた。
キャンプが楽しかったので、今度は家のベランダでバーベキューをしてみた。
家庭菜園でイチゴを育て始めた。
オンラインで学べるUdemyで、まったく興味もなかった「決算書の読み方」なるものを勉強し始めた。
 
初めて釣り竿を手にしてから1年。
今まで趣味なんて言えることが何ひとつなかったのに、
今では明日は何しよう、と楽しみになってきた。
 
コロナは電車レールの分岐点の様だ。
ある時ガチャンと方向転換させられ、どこに行くのか行先もわからない。
最初は車内で頭を抱え、行先もわからず不安でたまらなかったが、
その気さえあれば、見たことのない窓の外の景色を楽しむことだってできる。
 
コロナ禍はまだ終わらない。
私のチャレンジも続く。
 
初めての釣りの成果はどうだったかって?
最初に釣ったシラスみたいな小魚だけ。
 
天ぷらにして
ひとり2匹ずつ
美味しく頂いた。
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2021-05-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事