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【お母さんとの最期の交換日記】


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記事:和泉あんころ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
母親が大事な話があると、3姉妹のわたしたちに向き合ったのは、わたしが中学2年生、妹たちがまだ小学生の時だった。
 
「約束していたキャンプに行けなくなったの。本当にごめんね」
開口一番に謝られた。
 
母子家庭で家族旅行なんて夢のまた夢、そんなわたしたちに
「今年の夏休みは家族でキャンプに行こうね」
と珍しく母が提案してくれて、とても楽しみにしていたのだ。
 
「どうして? 前から約束してたのに……」
 
納得いかない様子のわたしたちに
「実は病気が見つかったの。入院することになっちゃったから、本当にごめん。元気になったら必ずキャンプに行こうね」
母は続けた。
 
乳がん検診で悪性のがんが見つかったのだという。がん、という病名をちゃんと聞いたのははじめてだったように思う。
 
不安にはなったけれど
「大丈夫、手術が終わったらすぐに帰ってくるし! お母さんは不死身やから!!」
母が明るく振る舞っていることが伝わってきたから、わたしが不安な顔をするわけにはいかない。
 
母は入院する直前に、わたしたちに好きなノートを2冊ずつ用意させた。
ひとりひとりと交換日記をするつもりなのだ、という。
 
ひとり2冊というのは、毎日途切れないように交換できるよう、母と娘どちらも1冊ずつ手元にあるようにしたいとのことだった。小学校の宿題の日記と同じ方式だった。
 
わたしはもったいなくて使えなかった月刊誌の好きな連載漫画の付録ノートを早速2冊準備した。
最初のページに【お母さんとの交換日記】という文字と母親の似顔絵を描いて、1冊を母親に手渡した。妹たちも各々、好きなノートを用意した。
 
当時は携帯電話もない時代なので、母が退院して自宅に帰ってくるまでは、この交換日記しか母と連絡する手段はなかった。
 
最初の1日2日は交換日記という響きにワクワクした。学校の友達とも交換日記はしていたし、文章を書くことが好きだから楽しかった。
 
友達のこと、勉強のこと、秋に控える運動会の種目についてなど思いつくままにペンを走らせた。入院中に母が退屈しないようにと、落書きや絵を描いて余白も埋め尽くした。
 
もともと親バカ気質の母は、それを見て
「いずみちゃんは絵が上手やねぇ」
「素敵なお友達がたくさんいていいわねぇ」
などと褒めてくれるのだった。
 
母が入院して数日が経ったある日、家で妹が
「おねえちゃん……お母さん、いなくなったりしないよねぇ?」
と消え入りそうな声でわたしに聞いてきた。
 
その時わたしは、母はいずれ退院してくるものだと信じて疑っていなかったことに気が付いた。
無意識に、万が一の可能性を考えないようにしていたのかもしれない。
 
妹の一言をきっかけに、突然先の見えない闇の中に放り出されたような恐怖を覚えた。
 
「お母さんがいなくなるかもしれない」
という妹の言葉を頭の中で何度も反芻する。
 
「そんなこと、あるわけないよ! だってお母さんいつも不死身だって言ってるし!! キャンプ行く約束もしたし!!!」
わたしは長女だからしっかりしないといけない気持ちと、不安で自分自身に言い聞かせている気持ちが入り混じって、必要以上に力強く断言してしまった。
 
その夜は寝付けなかった。もしも母がいなくなったときのことを考えたら……考えたくないけれど一旦脳裏によぎった不安は、しつこい油汚れのように拭っても拭っても落ちないのだった。
 
(お母さん、もう家には帰って来れないのかな)
(もっとお母さんに優しくすればよかった、わたしがもっといい子だったら……)
(わたしたちみんな親戚に預けられるのかな? 3姉妹バラバラになるの?)
(わたしが中学校卒業して働いたら妹ふたりと暮らしていけるのかな?)
 
考えても、こたえは出なかった。気が付いたら明け方になっていた。
 
母は入院中にわたしたちと会う段取りをしていなかった。それも不安に拍車をかけた。今、母がどんな状態なのか一切わからなかった。何ヶ月にも及ぶ入院ではないのに、長年母に会っていないような感覚に陥った。
 
ある日の母からの交換日記には、こんなことが書いてあった。
 
『朝、病院の窓から入る光がまぶしくて目が覚めたときに「ああ、わたし生きてる! ちゃんと目が覚めたんだ、よかった」と思った』
 
母が乳がんの摘出手術をした翌朝のことを綴った文章だった。
 
不死身だから心配いらないよ、と笑顔で病院に向かった母は
「もしかしたらこの交換日記はわたしたちとの最期のやりとりになるかもしれない」と
ある程度、覚悟して娘たちにノートを用意させたのかもしれない。
 
最期になるかもしれない交換日記には、常に前向きな言葉しか書かれていなかった。わたしたちの存在を全肯定し、大切に思っていること、かわいくてしかたがないという想いが、強く溢れ出ていた。
 
自分が病気で入院して身体がツライはずなのに
日記にはいつも『わたしたちが元気かどうか』『ちゃんとごはん食べているか』などと
わたしたち姉妹を心配する気持ちが勝っているようだった。
 
手術前には
『それぞれ娘たちも頑張っているから、お母さんも頑張らなきゃね!』
と母が自ら鼓舞しているような記述もあった。
 
無事、母の手術は終わり、【最期の交換日記】にはならずに済んだ。
母との交換日記はこのときが最初で最後なのは間違いないが、最期のやりとりにはならなくて本当にホッとした。
 
「ね! 不死身って言ったでしょ?」
と得意気に母は退院の日を迎え、笑顔でわたしたち姉妹のもとに帰ってきてくれた。
 
心配性のわたしは、母の入院中にいろいろ考え過ぎて勝手に決意をし
「お母さん、わたし中学校を卒業したら就職するよ」
と伝えたところ
「何言ってるの? 今は女の子も大学までは行く時代よ」
と即答され、相手にされなかった。
 
片方の胸を全摘出してまで娘たちのために生きることを選んだ母は、その後も薬で治療を続けながら、何度かがんの転移や、別のがんの早期発見早期治療を繰り返しながらも
 
今も元気いっぱい、毎日を笑顔で過ごしている。
 
定年退職をしてもまだ「孫に何か買ってあげたい」と働き続けている母に対して、現在無職のわたしは本当に頭があがらない。
 
すっかり大人になったわたしが母と交換日記をすることは、きっと今後も2度とないだろう。
 
けれど、母と最期になるかもしれないと思って毎日書き続けた交換日記は
今もわたしの引き出しに大事に眠っている。
 
こどもを産んだことや育てたことがないわたしには、母の気持ちを想像することは出来ても、どうしても想像を超えることは出来ない。
 
きっと母親にならないとわからないことがたくさんあると思うし、いくら血が繋がった親子とはいえ、わたしが母親になっても分かり得ないこともあるに違いない。
 
母はあの時、本当はどう思っていたんだろう。
 
交換日記に記す母親としての気持ちではなく、ひとりの人間として、弱音を吐きたくなったり、死の恐怖と人知れず闘っていたりしたのかもしれない。
 
大人になった今だからこそ、聴けるかもしれない本音を母に尋ねてみようと思う。
 
母にはきっと
「昔のことだからもう忘れちゃった!」
と明るくテキトーに流されて終わりそうだけれど。
 
……あ!
書いてて今、思い出したけど
約束のキャンプ連れて行ってもらってないじゃん!!
 
 
 
 
***
 
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2021-06-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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