メディアグランプリ

スポットライトが当たるその日より、いつもの日々が宝物だったこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松浦純子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
わたしはアマチュアオーケストラでバイオリンを弾いている。
 
と言うと、「バイオリン? 素敵!」と言ってくださることが多いが、そう見えるのは年に2回の演奏会のステージの上だけで、残りの363日は、素敵からは程遠いところにいる。
弾けない箇所を数小節単位で取り出し、メトロノームをかけスローテンポから練習して少しずつ速くしていく。翌日同じところを練習して弾けなければ、遅いテンポでやり直し。
1日に数小節しか進まないことも多い。そんな地味な作業の繰り返しだ。
 
わたしのモットーは「最小限の労力で最大限の効果を出す」なので、バイオリンに対しても、どうにか最短ルートで上達できないかと試したが、地道な努力以外に道がないと悟った。しかも上達には終わりがない。数えきれないほど絶望もした。(笑)
しかしながら、なぜかバイオリンもオーケストラもずっと続けている。
 
「アマチュアオーケストラにとって、本当に大事なのは演奏会本番ではなくて、それまで積み重ねた練習の過程です。演奏会はあくまで通過点の1つです」
 
これは、指揮者の先生をはじめ、指導をしてくださる先生方がみな、異口同音におっしゃる言葉だ。しかし、年に2回の演奏会のために日々練習しているのだ。家族や友人、たくさんのお客様が大勢見に来る本番で成功しないと、と思っていた。
 
週に1度の合奏練習、そして家での自主練習。それが長年続いた日常だった。
しかし、コロナ禍でオーケストラの活動が休止した途端、わたしはバイオリンケースを開けなくなった。基礎練習をしようと思いつつ、全くやる気が出ない。
みんなは元気にしているだろうか。楽器の練習はしているのだろうか。
しかし、日に日にオーケストラのことを考える回数は、少なくなっていった。
 
そんな冬のある日、仲間のアキコさんが亡くなったという知らせを受けた。
体調を崩して療養中ということも、全く知らなかった。
アキコさんにお別れを伝えるために、1年ぶりにオーケストラのメンバーが集まったが、こんな悲しい再会になるなんて誰が想像していただろう。
 
練習中の楽譜が棺に納められ、アキコさんは穏やかに安らかに眠っていたこと。
江ノ電の中から見える七里ガ浜の海が鏡のように凪いでいて、夕焼けに照らされた海面と富士山がオレンジ色に光り、悲しいほど綺麗だったこと。
わたしは余りに取り乱しており、この2つのこと以外ほとんど覚えていない。
 
アキコさんは同じバイオリンパートのメンバーで、抜群に素敵な人だった。
艶のあるショートボブに上品なメイク、パリッとしたシャツに黒のワイドパンツ。きちんとヒールがある靴を履いて、背筋を伸ばして颯爽と歩き、優雅にバイオリンを弾いていた。
どう見ても60代後半くらいにしか見えなかったが、実は80も半ば近いと聞いて驚いた。
いつも周りを見ては気を配り、声を掛け、カッコいい上に優しさも持ち合わせていた。
年を重ねたらこんな女性になりたいという、わたしの憧れの存在だった。
 
アキコさんとわたしはバイオリンパートのパートリーダーをしていた。
パートリーダーはパートの事務係のようなもので、メンバーの出欠席を確認して、当日準備する椅子の数を伝えたり、打ち上げに誰が出るのか聞いたり、参加費用を集めたりするのが主な役目だった。
 
アキコさんはいつもニコニコ頷きながら、こう言ってくれた。
 
「お勤めのあと練習に来て偉いわね。パートリーダーの仕事は私がやっておくから、心配しなくて大丈夫。あなたは働き盛りだから、ご自分のお仕事を精一杯頑張るのよ」
 
偉くなんてない。みんなそれぞれ置かれている立場で大変なことを抱えながら、音楽をやりたくて集まっている。役割が違うだけで同じなのだ。
しかし、わたしはその言葉を額面通りに受け取って甘え、パートリーダーの仕事の大半をアキコさんにお任せしていた。それが何の御礼も言えぬまま、お別れになるなんて。
 
本来なら去年、ベートーヴェン生誕250周年ということで、念願のベートーヴェン交響曲第9番、いわゆる「第九」を演奏するはずだった。アキコさんも楽しみにしていたと聞いていた。コロナがこんなに長期化するとは思わず「中止になったのは残念だけど、オーケストラを続けていれば、またチャンスは巡ってくるだろう」と軽く考えていた。確かに弾ける機会はくるかもしれないが、アキコさんと一緒に弾くことは、もう永遠にない。
一緒に演奏会に出たかった。でも、それ以上に毎週一緒に練習をしたかった。
 
「大事なのは演奏会本番ではなく、積み重ねてきた練習のその過程であること。演奏会はあくまで通過点の1つだということ」
 
コロナ禍で活動が休止して、大切な人を失って、今はその意味が痛いほどわかる。
毎週、なんだかんだ言いながらも、楽器を弾く時間がいかに幸せだったかを。
誰かと一緒に音楽ができるその日、その時間は永遠に続くものではないということも。
スポットライトがあたる本番の舞台も大切だが、それ以上に1回1回の練習こそが貴重な時間で、共に過ごしたいつもの日々が宝物だったということも。
 
わたしはプロではない。だから演奏会本番だけ出て、仮に上手に弾けても意味を成さない。そこには何の喜びも充実感もないだろうから。試行錯誤しながら、長い時間をかけ音楽を作り上げることの楽しさと面白さ。音が上手く合わなくても、それぞれが家で練習を重ね、次の週、ピッタリと息があったそのときの嬉しさ。小さな悔しさや喜びを共有できる仲間がいること。先生方がおっしゃる本当の意味がわかった気がする。
 
いつかまた、必ずオーケストラの活動ができる日が来ると信じている。アキコさんには、結局、何のお返しもできなかったが、この先ずっと仕事をしながら、オーケストラを続けることが恩返しになるのだろうか。それならば、いつ再開してもいいように、まず楽器を調整に出して、1日30分だけでもいいからバイオリンの練習をしよう。
 
第九を弾けるチャンスがやってきても、こなくても、今度こそ本当の意味でオーケストラの練習ができること、バイオリンを弾けることが有難いと思うのだろう。そして家での自主練習も今までとは違った気持ちで向き合える気がする。自分が出す1音1音が、昨日よりも今日、今日よりも明日、いい音で奏でられるように、と。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


 


2021-06-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事