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言語で飛び立つ海外旅行


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記事:村山結実(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
ああ、パリの街角みたいだなあ。
 
初めてこの本を開いた時、そう感じた。
パリには行ったことがなかったし、フランスにも降り立ったことはなかったけれど、なんとなくそう感じた感覚は、私の中にすとんと落ちて、馴染んだ。
 
言葉とは不思議なもので、物事や事象をこの世に存在させる力がある。
「村山 結実」とは筆者の名前だが、この名前がなければ、私はこの世に存在していないのも同然だ。親からもらったこの名前が、私を私たらしめている。
 
日本語に「兄」という言葉がある。年上の兄弟、先に生まれた男の子、という意味だ。
一方で、英語には、「兄」という言葉がない。
英語で「兄」を表したければ、elder brotherやolder brotherといったようにbrotherに形容詞比較級をつけて、「年上の」という意味を付け加える必要がある。
英語圏において、兄弟のどちらが年上でどちらが年下かは日本ほど重要視されない文化であるため、「兄」や「弟」を表す言葉自体が存在しないと言われている。
 
この例からわかるように、使用している言語によって自分のものの見方が固定化する場合がある。
母国語が英語の人が日本語にはじめて触れた時、「兄」や「弟」という言葉を見て、それが日常的に使われていると知り、母国とは違った日本の年功序列や年上を重んじる文化を知ることができるだろう。そして、自分の生きてきた環境にその言葉がなかったことを、その時に初めて知ることになる。
 
私は見知らぬ土地へ行った時の、その感覚が好きだ。
私の中には全くもってなかった発想や言葉、考え方が、日常的に当たり前のように使われているところが海の向こうには星の数ほどある。そんなものたちひとつひとつと出会い、知らなかったことを知り、毎回目から鱗が落ちるような思いがする。自分の中の真っ白だった部分に、その新しい考え方が吸収されて、自分のものとなっていく過程が嬉しくてたまらない。
その感覚の虜になり、私は暇さえあれば海外旅行に行くようになった。
 
海外旅行に行く目的は皆違うだろう。
お気に入りの国があって、そこへ毎年家族で訪れている人や、海外リゾートに憧れを持ちバリやハワイに訪れる人も多い。
私は、自分の中の思考のストレッチをするために海外へ訪れる。
普段自分が過ごす心地よい社会は小さく、自分と似たような属性の人が集まり、自然と視野が狭まり固定化してしまう。見たことのないようなものを自分の目で見て、思考をほぐし、新しい風を取り入れる。そうすると、自分には理解に苦しむような人や出来事と出くわした時、いつもより優しく余裕のある心で接することができる気がしている。この地球上にある、自分が触れたことのない考え方全てに触れることは一生を費やしても到底不可能だが、「知らないことがある」ということを知る、無知の知によって、人は隣の人にもう少しだけ優しくなれると思っている。
 
 
2021年、海外旅行に行きたくても、以前のように気軽に行くのはなかなか難しい時代となった。
世界的な感染症の大流行は、多くの人が予想だにしなかった状況を作り出した。
 
そんななか、家でも思考のストレッチができる本を見つけてしまった。
「翻訳できない世界のことば」著・イラスト:エラ・フランシス・サンダース 訳:前田まゆみ(創元社)
この本は、他の言語ではなかなかうまくニュアンスまで翻訳ができない様々な言語の言葉を集めた絵本。言葉だけでは表しきれないものを、挿絵も使って表現している。
著者は様々な国への居住経験があり、自分の目で見てきた各地の言葉を独特の美しい感性で説明している。
 
本で紹介されている言葉をいくつかご紹介しよう。
「Kummerspeck」というドイツ語は、直訳すると「悲しいベーコン」。紐解いていくと、誰にでもありがちな悲痛な叫びを表している。「食べ過ぎが続き、太ってしまうこと」だそうだ。ただ単に太るのではなく、感情的になり食べ過ぎが続いたことによる体重増加を表す言葉である。「speck」がベーコンという意味だが、「speck」を使った言葉は他にもたくさんあるとのこと。ドイツではベーコンが大変身近な存在ということがわかる。
日本語でこの言葉を作るとしたら、「悲しい焼肉」や「悲しいラーメン」になりそうだ。
 
今度は、美しい言葉からひとつ。「Forelsket」は、ノルウェー語の形容詞で「語れないほど幸福な恋におちている」という意味だそうだ。ページには数えきれないほどのハートマークが描かれている。言葉にできないほど幸せで、これ以上は何もいらない、満たされた恋を一単語で表す……寒い地域は感情表現が豊富ではない、という勝手なイメージがあったが、ノルウェー人は内に情熱的で愛情深い一面を持ち合わせているのだろうか。ノルウェーへの興味がより一層湧く一ページだった。
 
日本語もいくつか掲載されている。
一番好きなのが「木漏れ日」。「木々の葉のすきまから射す日の光」と書かれている。日の光を表す言葉はあったとしても、木々のすきまからこぼれる光を表現した言葉は珍しいようだ。私は木漏れ日を写真に収めるのが好きで、晴れの日には木漏れ日やそれによってできる影を探しに散歩に出かける。日本人独特の感性なのかもしれない。
このように、各言語の言葉はその文化や生活様式にあうよう、表現を切り分けて言葉ができ、言葉によってその概念が生まれている。
私は、日本語にはない言葉や考え方を発見した時、凝り固まった考え方が解き解されて、伸びをして気持ちいい感覚になる。この本を読みながら、終始脳みそが色々な筋肉を伸ばし、吸収している感覚が、海外旅行のエキサイティングな感覚と重なって懐かしいいくつもの思い出が蘇る。友達や家族にプレゼントするほど、本当にお気に入りの一冊となっている。
 
今年の夏は、言語という切り口で海を超えてみてはいかがでしょうか?
 
 
 
 
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2021-06-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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