メディアグランプリ

神経質で陰鬱な彼の喜びの歌


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤 みー作(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
ずっと前から知ってはいたが、彼を意識し始めたのは小学校の高学年、音楽室だったと思う。
静かに呼吸をしているかのように見える端正なその顔は鼻筋が通っていたけど、閉じた目と少し歪んだ眉毛から何かをすごく迷っていて、神経質で陰鬱な感じがした。
夕方になると、その表情は思慮深さがさらに深まり、なんだか近寄りがたい雰囲気が倍増していく感じがした。
夜になると恐怖さえも感じるくらいだった。
閉じられた目が突然開いて、するどい眼光で睨まれるんじゃないかと怯えた。
その証拠に小学校の卒業アルバムには、学校の宿泊行事で夜に彼に出くわして、恐ろしさのあまり号泣している私の写真が掲載されている。
 
そんな彼は有名人。
彼の作品をこよなく愛する人は世界中に存在し、彼に関する逸話は沢山ある。
どれも、彼がハンディーキャップを乗り越えて、作品を生み出そうとする情熱と気迫からか常人では理解しがたい激しさを伴っている。
小学生の頃の私の彼に対するイメージも手伝い、彼の作品はことごとく重く、陰鬱で、決して思わなかった……
彼から「喜び」を感じる日が来るなんて。
 
大人になる間にも、彼とはその後も何度か遭遇した。
彼の作品に美しさを感じることはあっても、相変わらず、神経質で陰鬱なイメージは変わらず、あまり関わりたいとは思わず、避けていた。
彼には同じくらい有名なライバルがいて、ライバルの彼はそこ抜けに明るく、作品からもその明るさがにじみ出ているのとは対象的だった。
ライバルの彼は映画にもなり、その映画が公開された時は半ば狂人に描かれていたぐらいである。
それでもライバルの作品の方が私とも相性が良いような気がして、好んで彼の作品を選んでいた。
 
そんな日々が何年も続き、突然、神経質で陰鬱で嫌いだった彼との再会の日が来た。
 
彼は、それまでも一部の愛好家にひどく愛されていた。
年末になるとあたりまえのように彼の作品が登場していた。
それでもその年に大ヒットしたテレビドラマのおかげで彼は何百度目かの注目をいつもより多く世間から浴びた。
 
芸術大学の音楽家をテーマにしたそのドラマは、主人公達によって繰り広げられる非日常的なコミカルな物語も手伝い、彼が作った9つの大作のうち、7番目の作品の魅力がより一層伝えられていた。
 
彼の7番目の作品はどこかかったるくのどかに感じるメロディーでスタートする。
しかし、小節が進むにつれ、仔馬がだんたんと駆け出すようなメロディーがフルートをいざない、それはまるで興奮した小鳥が歌いだすかのようなメロディーに変換され、やがてその興奮が高まり、プリーツの沢山入った裾が何重にも重なったドレスの裾をたくし上げながら軽快なステップで舞い踊りだしたくなるようなメロディーに流れ込む。
 
「あれ? 彼ってこんな作品、創ってたっけ?」
神経質で陰鬱という彼のイメージがあっと言う間に払拭された。
「なんて明るくて心から楽しめる曲なんだろう」
 
そんな思いは、息子を通じて知り合った母親たちの間にも偶然にも伝染していた。
「私たちもやってみたい!」
最初は、7~8名が昔やっていた楽器を引っ張りだして集まった。
楽器のケースを開けたら、中の楽器にカビが生えていた人もいた。
わたしも錆びかけのフルートを引っ張りだした。
仕事、育児、家事の間を縫って練習するのだから、実力は知れたものだ。
それでも、久しぶりに楽器を演奏してみるとへたくそでも楽しくてしょうがない。
 
そんな思いは、友達の友達、そしてそのまた友達、自分たちの子供達も巻き込み、あっと言う間に70名あまりのオーケストラに成長した。
保護者の中に偶然にも指揮者がいたのは幸運だった。
演奏会の日が近づくにつれ、みんな時間を惜しんで練習した。
 
そして演奏にこぎつけた陰鬱で神経質だったはずのベートーヴェン君の交響曲第7番
 
演奏会場は息子たちが通う小学校の近くの教会。
500名を収容する教会は満席になり、思い切り演奏した。
教会の残響7秒の環境も手伝ってか、私たちの演奏は感動的だった。
演奏後、「2度目の青春みたいだ」と涙した仲間もいた。
その夜は興奮のあまり私も眠れなかった。
 
あの日から10年がたった。
 
その間、神経質で陰鬱だと思っていたベートーヴェンの作品を他にも演奏することができた。
神経質で陰鬱だと思っていたのは私の思い込みで、思いのほか明るいメロディーが多かった。
私がかつて、小学校の音楽室で遭遇して、肝をつぶしていたベートーヴェンのお面はデスマスクだったことを教えられた。
そして、よく目にするベートーヴェンのしかめっ面の肖像画は、たまたまその日に家政婦さんが作ったお粥がいたくまずかったからだったことを知った。
耳が聞こえず、ハンディーキャップがあったのは確かだが、むしろそれを乗り越えて、それまでにない交響曲を作ることに挑戦した超ポジティブマインドの持ち主だったことも学んだ。
 
コロナ禍で、我々のオーケストラも演奏会の機会を失ってしまった。
目標を忘れてしまいそうになっていたところ、誰からともなくベートーヴェンの交響曲のいくつかを1日中演奏してみようではないかということになった。
「運命」で有名な5番は確かに、最初こそ、「ジャジャジャジャーン!」と重厚な雰囲気だが、曲が進むにつれ、楽し気なメロディーが登場する。
6番は「田園」という名にふさわしく、のどかなメロディーが心地よい。
7番にはいつもの通り、心が躍る。
そして9番。
いつ終わるのかと不安になるくらい長いフィナーレを演奏するうちに忘れていた「喜び」が心に溢れ出た!
忘れそうになっていた心の喜びをありがとう!ベートーヴェン!
 
 
 
 
***

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2021-06-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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