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お気に入りのレストランで食事をするときにも、忘れずにいたいこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:みつしまひかる(ライティング・ゼミ「超」通信コース)
 
 
「1800円です」
近所の小さなイタリアンで夕食をとり、会計の際に金額を言われてPayPayで金額を入力して支払った。
ほぼ毎週末来ているお店でのこと。
 
でもその日はちょっと違った。
アスパラのパスタがおいしかったのだけれど、それだけではなくて、お店のご夫婦と気持ちが通じ合ったような。
うれしさと感謝の気持ちで心が(おなかも)満たされて、今日来れてほんとによかった、としみじみ思いながら店を後にした。
 
それは、アスパラのクリームパスタ(大)+気まぐれサラダMサイズ+フォカッチャ1つ=1800円、という、メニューとその代金による等式のウラに隠れているもの、である。
 
社会人になって10年以上が過ぎた。
勤めているのは規模が大きい会社であり、幸いにしてコロナ禍であっても給料は毎月ちゃんと支払われている。
ただ10年間医薬品の研究開発をしていて、今はその企画部にいる身からすると、どうにも世間からはキョリを感じてしまう。
医薬品の研究開発は10年単位時間がかかってしまう。しかもその成功確率はあまりに低く、部署によるとはいえ、実際に世に出る医薬品にかかわる人は非常に少ないだろう。
結果をシビアにとらえるなら、会社の売上に貢献することなく10年以上給料ドロボーをやっている気がしてくる。
 
そう考えると気が滅入るが、それならばと、仕事ではちゃんと頭を使って、少しでも世の中の役に立つ可能性が上がるような戦略を考え、プライベートではお金を使って経済を回すこと、を微力ながら心掛けている。
その一環が、近所のごはん屋さんでなるべく食事をすること、だ。
 
一人で行くので会話もせず、したがって感染拡大のリスクは減らしているし、他の客の会話が多い店は回避、あるいはその席からはキョリをとるようにしている。
もちろん僕が食いしん坊であることも大きいけれど。
 
残念ながら、度重なる緊急事態宣言やら自粛やらで、お気に入りの店はいくつか閉まってしまった。
週一で通っていた店も、GW前にはGW中は毎日開けるつもりなのでぜひ来てくださいねーと言われていたのに、GW中に4回、GW後に5回以上食べに行ったが閉まっている……再開店の気配がない。
 
お客にとって、お気に入りの店が閉店してしまうのは結構な恐怖体験だ。ただでさえ自粛しているのに。
基本この状況下で新規開店するケースなんてほぼなく、したがって減る一方である。
楽しみが具体的に1つ1つという単位で減っていくのはつらい。
お店のご主人たちの気持ちをおもんぱかるとさらにつらい。
 
そんなわけでできるだけ外食をしている。
自分のため、そして、お気に入りのお店のご主人たちのために。
 
冒頭のイタリアンに話を戻そう。
先週末行ってみたら、メニューに一枚差し込まれていた。
「期間限定」アスパラのクリームパスタ、と書いてある。
僕はアスパラが好きだ。特に立派な、ちょっと太めのアスパラが。
即決でこのメニューを注文した。
 
そしたら円筒形の入れ物をご主人が取り出した。
直立した状態でアスパラが保管されていたのだ。
40 cmくらいの大きさである。でかい。きれいな緑色をしていて穂先も美しい。
 
アスパラは火の通し加減が難しいと思う。
通し過ぎるとクタッと歯ごたえが無くなってしまうし、かといって火の通りが甘いと固いし。
この意味では焼くのがわりと簡単に成功する調理法だろう。
が、出てくるクリームパスタに乗っていたアスパラには焦げ目がない。
茹でだ。
 
早速、5, 6 cmくらいの長さに斜め切りされたアスパラ一切れをドキドキしながらフォークで口に運ぶ。
 
シャクっ……!!!
これはお見事……
 
歯ごたえが十分に感じられる。
かといって固すぎるということはなく、外側が固いが、中心部分はみずみずしく、最外層にさえ歯が差し込まれれば一気に避ける。中心部が甘い。そして鼻腔を独特な香りが通り抜ける。
120点。
 
パスタとの歯ごたえの違いもまた楽しい。
クリームに絡まった麺を数回頬張っては、アスパラを一切れ口に入れて楽しむ。
うまい。初夏の息吹だ。
食後に聞いてみると、アスパラはこの時期、北海道から仕入れるのだという。
「これを味わってしまったら、他はもう、ねぇ……」
奥様はおっしゃる。異論はまったくございません。
 
茹で具合が素晴らしいです。食べられてよかったです、と感激を伝えたら、私もこんな風には茹でられないんですよ、と奥様。調理されているのはご主人のほうだ。
あぁ、やはり、難しいですよね、と非常に納得して食べられたことに感謝してその日は店を後にした。
 
そして、今週末の日曜日。
テラスのあるお気に入りのカフェで、読書なり課題なりに取り組んだあと、例のイタリアンへと向かった。
運が良ければ、またあのアスパラにありつけるかもしれない。
季節ものであるしその日に入荷できているかもわからないけれど、期待を胸に店へと向かった。
 
着席し、メニューをめくる。
う。ない……
前から後ろからを3往復するが、やっぱり例の一枚物のメニューが見当たらない。
がっかり……
 
しょぼんとしていると、奥様がこっそりと教えてくれた。
「あの、例のアスパラ、どうですか? 前回、絶賛してくださったので」
えっ……あるんですか!?
「ぜひ!!!……もうなくなっちゃったのかと思いました。メニューになかったので」
「あ、はい、実は最後の一本があって。先ほど、メニューから下げたところだったんです」
「そうでしたか……運がよかったです。ぜひいただきたいです」
「こちらこそ、ぜひ、最後の一本、味わってほしいです」
奥様は満面の笑みでそう言ってくださった。
 
はい、そして、一度ならず、二度、至極のアスパラ(とパスタ)を食す機会に恵まれた。
感謝感激です。
そして集中して味わった後、冒頭のように会計を済ませた。
 
メニューと代金は以下のとおり釣り合っている。
アスパラのクリームパスタ(大)+気まぐれサラダMサイズ+フォカッチャ1つ=1800円
でも、本当は左辺にも右辺にも、見えないけれどあるのだ。
ここまで読んでいただいた方には察しがついているかもしれない。
 
作り手、つまりはお店側の、「おいしいものを食べてほしい」という気持ちが左辺に。
お客の、「おいしいものを食べさせてくれてありがとう」という気持ちが右辺に。
見えないけれど、ある。
 
客として来ているんだし、お金を払ってるんだからそれで充分じゃないか、お金が「ありがとう」なんだから、と言われるかもしれない。
けれど、無表情で食べて、かつごちそうさま、とだけ告げるのは、少しもったいない。
 
よろこんでます、と伝えるのは、お互いにとても素晴らしい心の交流だ。
自分がしたことを、他者がよろこんでくれることは、自分の存在意義を確認できることなのだから。
犬が全力で尻尾を振るのを見るとうれしくなることと、本質的には同じだろう。
 
前回、感激を伝えたことで、僕は、そしてきっとお店のご夫婦も、もうひとつ感激が増えたのだ。
ためらわず、うれしさを態度なり言葉に込めて伝えてみると、おまけのように喜びが増えるかもしれない。
ぜひ、試していただきたい。
 
あと、実は先の等式にはもうひとつ、右辺に追加したいことがある。コロナ禍だから特に。
それは、「店を続けてくれてありがとう」である。
こういう気持ちを、ちゃんと持ち続けていたいと思う。
 
 
 
 
***

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2021-06-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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