メディアグランプリ

フライングした父の日が教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:今村真緒(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「お父さん! お母さん! いないの?」
実家の玄関は、網戸になったままで開けっ放しだ。何度呼んでも誰も出てこない。車が家の前に停まっているから、せめてどちらかは家にいるはずなのに。
 
急に不安になった。
私の両親は、80歳目前だ。高齢となって耳の聞こえも悪いし、言ったことも理解しているかなと、後になって思うこともしばしばだ。最近、親の年齢を感じさせられることが増えてきた。まさか突然具合が悪くなって、助けを呼べずに倒れていたりして?
 
「入るよー」
大声でひと声かけてから、急いで玄関から中に進む。リビングも網戸になっていて、ここにも誰もいない。えー、待って。家を開けっ放しで、近所にでも行っているのだろうか? あまりにも不用心だ。風通しだけは良い実家の中を、ヒヤリとした風が吹き抜けていく。
 
「お父さん! お母さん!」
ダメ押しで、もう一度大声で叫んでみる。一緒に来た夫が、次第に心配そうな顔になっていく。
 
「もう、本当に不用心だよね。どこもかしこも、開けっ放しなんだもん」
取り繕うように、夫に向かって笑いかける。本当に、どこに行ってしまったのだろう?
しんと静まり返った家の中には、何の物音も聞こえなかった。人がいる気配が、全くしなかったのだ。
 
心臓が嫌な速さで、刻み始めた。何か、ヤバい気がする。
もう一度、外を見てこようと玄関に向かったとき、ふと思い立って2階へと階段を上っていった。具合が悪くて寝込んでいるのではないかと、気になったのだ。
 
階段を駆け上がると、父の部屋の扉が開いていた。
そこには、机に向かって何かをしている父の姿があった。
 
「なあんだ。ここにいたの?」
ホッとしながらも、父の後ろ姿に向かって声を掛けた。それでも、父は気づかない。どうやら、補聴器を外していたようだ。
 
「お父さん」
驚かさないくらいの音量で、ゆっくりと父の視界に入っていった。
 
「おお! びっくりした。来ていたのか」
振り向いた父の手には、筆が握られていた。床には習字の稽古をしていたらしく、たくさんの半紙が散らばっていた。書道は、長いこと父の唯一の趣味だ。私は父の字がとても好きだ。一本筋が通っていながらも、しなやかな筆跡は、私好みなのだ。学生の頃から、母よりも父の筆跡に似ていると言われることが、密かに私は嬉しかった。
 
「呼んでも誰も返事しないから、どうかしたのかと心配になったよ」
「ごめん。ごめん。全然聞こえなかった」
ふさふさとした白髪の眉毛を八の字にしながら、父は、よっこらしょと立ち上がった。もともと小柄なのに、昨年大病を患った父は、ますます細くなった。何かの拍子に、ポキッと骨でも折ってしまいそうで怖い。
 
ゆっくりでいいよ、という私の言葉が耳に入らなかったのか、父は私の夫が待つ階下へ、そそくさと降りていった。今日は、夫と一緒に、義母が育てた段ボールいっぱいのジャガイモを預かって実家に来たのだった。
 
「いつも悪いね。お義母さんに、よろしく伝えてよ」
ニコニコしながら、夫へ感謝を伝える父。義母は育てた野菜を、息子夫婦である私たちだけでなく、私の実家にもお裾分けをしてくれる。
 
父の安否は、確認できた。安心して、もう一つの大切なイベントを忘れるところだった。夫から背中に合図されて、ようやく思い出した。
 
「そうそう。お父さん! 父の日ありがとう」
そう言って、私は、父へのプレゼントをバッグから取り出した。
私たちからのメッセージが表に書かれたプレゼントを受け取ると、父の笑顔はさらに明るくなり、ますます目尻が下がった。
 
「有難う。そうか、今日は父の日か」
父は、そう呟くように言うと、確認するように何度も頷いた。
私の父は、寡黙な人だ。口下手で、淡々としているように見える。
けれど、心の中は、真っ直ぐで裏表がない人だ。どちらかと言えば、職人気質。おしゃべり好きな母とは対照的で、ぽつりと言う一言が、こちらの胸に刺さる。多くを語らなくても、どう父が思っているか、私には何となく伝わってくる。
 
「あらー、来てたのー!」
玄関を出たところで、今までの静寂を破るように、道の向こうから母の賑やかな声が聞こえた。
ご近所まで、ちょっと行っていたという母に、どこもかしこも開けっ放しは、不用心だと話すと、お父さんが家にいるから大丈夫だと言う。
 
いやいや。
父は後ろまで迫って声を掛けないと、私が来たことにも気づかなかったのだ。もし泥棒が入っても、誰も来なかったと言うのが目に見えている。2人のセキュリティ意識は、昭和で止まっている。
 
「ところで、今日はどうしたの?」
そう尋ねる母に、ジャガイモを持ってきたことと、父の日だったからと告げる。
「今日は、父の日じゃないよ」
母は、あろうことか、6月の第3日曜日が父の日だと主張した。
そんなはずはない。だって、夫も、今日が父の日だと言っても反論しなかったし、父も、すんなりプレゼントを受け取っていた。それなのに今日は、父の日じゃないの?
急いでスマホで「父の日」と検索すると、「父の日 2021年 いつ」というワードが目に飛び込んできた。母の言う通り、第3日曜日だった。
 
そういえば、なぜか母の日ほど、世間が盛り上がらない父の日。だからこそ、余計に忘れてはいけないと思っていた。そんな気負いからかどうかは分からないが、どういう訳か、私は2週間も早く父の日をフライングしてしまったのだ。
 
「また、本当の父の日にも来てやってよ。あんた達が来ると喜ぶんだから」
母は笑いながら、もっと頻繁に来てもいいんだからね、と付け加えた。
 
また、リアル父の日に来よう。今度は、父の好きなビールでも土産にして。近頃は、父の姿を見る度に、胸が締め付けられるような気持ちになることがある。さっきのメッセージに書き損ねてしまったけれど、「いつまでも元気で長生きしてね」と伝え忘れないようにしなければ。
 
 
 
 
***

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2021-06-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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