親切が良いとは限らない
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:あこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
私は完全に間違っていた。人に親切にすることは良い事で、必ず相手から感謝され喜ばれることだと思っていた。だが、そんな思いを打ち砕く出来事が起こったのである。
私が仕事に行く時間はいつも決まっている。少しだけ遅めの9時半ころ一日の乗降者数が世界一位を誇る新宿駅に着く。日曜日の朝は、いつもより人の波が少ない。毎週日曜日に、同じ車両に盲目のご婦人が白い杖をついて一人で乗っている。なんとなく気になるので、いつも視線の隅で気にはしていた。だが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
いつの頃からか、同じくらいの歳の、優しそうなご婦人が電車を降りてから改札口へ行くまで盲目のご婦人をサポートするようになっていた。
たまたま、すぐ後ろを歩いていた私は、お二人の会話を聞いて友達ではなく電車で知り合った関係なのだと知った。私は盲目の方に、すっとサポートの手を差し出せる優しそうなご婦人をカッコいいと思った。
そして、盲目のご婦人が、何度も何度もお礼を言うのを聞いて、こんなに感謝される行為なのだなとこっそり、心のメモに書き込んでいる私は名探偵コナンの気分だった。
次の週の日曜日、また盲目のご婦人が一人で乗っていた。しかし、優しそうなご婦人の姿は見えなかった。もちろん優しそうなご婦人も用事があるだろうから、いないからとて驚く事もない。
私は少し心配になって盲目のご婦人を勝手に見守った。見守るくらいなら声を掛ければいいのだが、小心者の私に、その勇気はなかった。
電車は新宿駅に到着した。日曜日で乗客は少ないとはいえ、新宿駅だ。それなりに人は多い。電車を降りて階段に向かって歩く。私は盲目のご婦人を抜かさないように後ろから、ゆっくりと歩いた。ところが、盲目のご婦人は階段とはズレた方向に歩いていき壁に突き当たった。白い杖がコツコツと何度も壁にぶつかった。
「あっ」心のなかでそう思った瞬間、勝手に身体が動いていた。走りよると「大丈夫ですか?お手伝いしましょうか?」と口から言葉が出ていた。
「ありがとうございます」と盲目のご婦人が言った。「どちらまでいかれますか?」と聞くと、盲目のご婦人は「○○線に乗り換えたい」と言った。
私は少々驚いた。なぜなら、新宿駅をご存じの方は、わかると思うが新宿駅はかなり多くの路線が乗り入れており、離れている路線どうしだと階段を上ったり下りたりしながらかなりの距離を歩くのだ。
そしてその盲目のご婦人も、かなり離れた路線まで行くつもりだったのだ。
電車から改札口までで、壁に突き当たってしまうくらいなのに、このご婦人はひとりで複雑な新宿駅を上ったり下りたりしながら乗り換えようとしていたのだ。
私は盲目のご婦人をその路線の改札まで送った。ご婦人は、何度も何度もお礼を言って改札口の中へ消えていった。
その日は、引っ込み思案の私が、一歩前に出られたことが嬉しくて、一日中ウキウキした。ほんの少しの行動でこんなに自分を褒めてあげられるんだなと妙に納得した。
それから一週間ほどたった頃、私の最寄り駅で二度目のチャンスは到来した!
仕事帰りに電車から降りて、ホームを歩いていると前に白い杖をついた盲目の女性がゆっくりと歩いていた。私の中でスーパーヒーロー的な何かが発動した。
私はその女性の腕をトントン叩いて「改札口までお手伝いしましょうか?」と声をかける……はずだった。
しかし、声をかける前にその女性が「なにするんですか!!」と叫んだ。小心者の私はびっくりして「すみません」と謝るのが精一杯だった。そして、悲しさと恥ずかしさが入り混じった感情に押されて、階段を駆け上がって逃げた。
今の場面を、見ていた人が誰もいないところまで逃げたかった。せっかく親切にしようとしたのに、大きな声を出されたことが悲しかった。トボトボと肩を落としながら家までの道のりを歩いた。スーパーヒーロー気取りで恥ずかしい……私何やってんだ。そんな声がきこえてきた。
なんであの女性は声を荒げたのか、ネットで調べたらすぐにわかった。盲目の人は急に体に触れられるとビックリするらしい。まずは、近くから優しく声をかけてサポートしようとしている人がいる事を、知らせるのが大事なのだそうだ。
言われてみれば、ごもっともなことだ。例えば自分だって暗闇の中で突然腕を掴まれたら「キャー」どころか「ギャー」と叫んでいるに違いない。
理由がわかったら、なんだか胸に詰まっていた石がコロンと落ちていった。
運命のいたずらは容赦ないもので、なんと翌日の帰り道また同じ女性と一緒にホームにおりたった。
どうしよう、小心者の私の心臓は勝手にバクバクしはじめた。また、大きな声を出されたら怖いし心の準備ができていないからやっぱり今日はやめておこう。
小心者らしく後ろでそっと見守ろうそんな風に落としどころを見つけた。
階段を登ろうとした時、上から駆け下りてきた男性が、盲目の女性に軽くぶつかった。
女性がよろめいた。やっぱり、言おう!私は、ひとりで勝手に緊張し、かすれた声で後ろから、そっと声を掛けてみた。「大丈夫ですか?改札口までご案内しましょうか?」
するとその女性は「ありがとうございます。お願いします」と言ってきた。
その言葉を聞いて、私はホットした。緊張の糸が優しく切れた。
そして自分の腕に掴まってもらい改札まで無事に案内できた。女性は何度もお礼を言いながら帰っていった。私は、そのうしろ姿を見えなくなるまで見送った。
家までの道のりを、私は鼻歌を歌いながら帰った。ちょっとだけ、私の中の小心者が胸を張っている気がした。
***
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