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駆け込み寺で赤ちゃんを育てる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西元英恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「あんたが考えるほど産後の生活って甘くないのよ」
電話の向こうで姉が、鼻息荒く私を説得しようとしている。
 
私はそのころ妊娠中でそろそろ臨月に入ろうとしていた。初めての出産はもう目前だ。
私には4つ離れた姉がおり、母は50代の若さで他界している。姉と私が出産する際は「誰に産後の面倒をみてもらうか問題」が浮上していた。
 
一般的に「床上げ」といって敷きっぱなしの布団を上げる時期は出産の約3週間後が理想とされている。その間、してもいいのは授乳とオムツ交換くらいで、それ以外はとにかく横になって体を休めることが重要だ。それくらい出産は体に負担がかかる。
 
そして姉はひと足先に出産という大イベントをもう2回経験しており、2回とも産後の1か月は義母の世話になった。それはそれは助かったそうで、「義母のサポートなしの産後は考えられなかった」と言った。そして臨月の私に「産後、義母のお世話になること」を強く勧めた。
しかし、正直なところ私にはだいぶんハードルの高い話だった。今までお盆とお正月、それもせいぜい二泊三日しか会ってない義母といきなり1か月の共同生活になるのだ。口数が少なく控えめ、しかしいつも優しく気遣ってくれる義母。それでも緊張はする。お互い気疲れするんじゃないか……、そんな心配ばかりが先に立った。
だが、姉に言わせると産後は心身の疲労が想像以上でそんな事言ってられないのだそうだ。
 
私は意を決して義母にお願いすることにした。すると義母は二つ返事で引き受けてくれた。
そして結果、私も「あ~! 義母なしじゃ産後どうなっていたことか!!」を思い知ることになったのだ。
 
敷きっぱなしの布団で横になる、とはいえそんなのはただの理想じゃないかと思うくらい赤ちゃんにかかりっきりになる。第1子がよく泣くタイプだったこともあり、全然寝かせてもらえない。朦朧とした頭で朝を迎えることなんてざらにあった。睡眠不足で体はボロボロ。しかも妊娠中に通常の数百倍まで上昇した2つのホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)が分娩を機に急激に減少したおかげで様々な不調が出やすくなる。特に顕著なのは心理的なもので抑うつ感や不安感、すぐに泣けてくるという症状に私も悩まされた。
 
こんな状態で家事までなんて……絶対無理だ。
産後の1か月間、義母は毎日美味しいご飯を準備してくれた。テーブルに並べられた野菜たっぷりで栄養満点のおかず、炊き立てのお米、湯気が立ちのぼるお味噌汁。そしていつも決まってこう言ってくれる。
「しっかり食べて栄養つけないと」
ご飯の温かさと優しい言葉でなんだかまた泣きたくなってくる。
 
そして食事以外にも、掃除、洗濯、買い物など家事は丸っきり義母にお願いした。育児で心配な事があると相談もしたし、ささいな不安なども聞いてもらった。今振り返っても感謝しかなく、義母が住むところへは足を向けて寝られない。
 
そこまでサポートしてもらってもなお、気分が沈んでしょうがないことがあった。日本産婦人科学会によると産後ママの5~10%が産後うつ病になるとされているそうだ。周りのサポートは欠かせない。
 
義母以外にも私をサポートしてくれた人やモノがあった。
一つは家事代行サービスだ。
産後1か月経過して義母が帰っていった後に月に1回か2回程度で3か月利用した。
私が登録していたところは1時間あたり2,000円程度、これを2時間から依頼できる。1回あたりが4,000円ほどになるので決して安いサービスではないが、本来の家事代行にプラスして嬉しい出来事があった。ハウスキーパーが来るたびに食事を作りながら、他愛もない会話に付き合ってくれるのだ。普段赤ちゃんと二人きりの時間が長く、息が詰まりそうになるところに大人との会話、これがいかに心を癒すか。いつも同じ方が来てくれたのだが、子供が大好きでお友達に「あなた向いているわよ」と言われたそうだ。品のあるマダムのようなおっとりした方だった。その人が何気ないところをみて赤ちゃんを褒めてくれる。
「あら、ちゃんとお目目見て話を聴いているわ……あなた賢いのね」
「この子集中力がすごいわ、おりこうさんよ」
親以外にこの子を温かく見守ってくれる存在がいる。その心強さにどれだけ助けられたかわからない。
 
そしてマンションのお隣さんも初めての育児をバックアップしてくれた貴重な存在だ。
もし母が生きていたら同じくらいの年齢だったT嶋さん。もう既に息子さんは30代で自立している。そんなT嶋さんは妊娠中から生まれることを楽しみにしていてくれた。そして夜間に体調不良で私が病院に行くことになってしまった時、急なお願いにも関わらず子供を預かってくれた。病院から帰宅し、おそるおそるお隣のピンポンを鳴らすとT嶋さんが出てきて小さい声で言った。
「添い寝していたら、ねんねしたのよ」
慣れない場所だと泣き続ける息子がねんね……奇跡だ! と思いつつT嶋さんに感謝した。
 
そしてボロボロの体調を底上げしてくれたアイテム、それが漢方薬だ。
薬剤師に相談の結果、私が処方されたものは「帰耆建中湯(きぎけんちゅうとう)」。効能は色々あるが病後の衰弱にも効くとのことだった。その頃よく貧血のような症状が出て、特に夕方くらいになるとめまいを感じることが増えた。そしてこの漢方薬を飲み始めて、100%元気とはならなかったが以前のような辛さからは徐々に解放された。在庫が少なくなるとメールで注文していたのだが、ある日の返信では「育児は重労働ですよね。野生動物もボロボロになって子育てしています」とあってつい笑った。もし、これからパパになる方がいたら是非知っていてもらいたい。「以前は可愛かった僕の妻」が出産を機に「野生動物」のようになってしまっても仕方のないことなんです、フォローをお願いします、と。
 
本当にたくさんの人に甘えて、少しずつ元気な自分を取り戻していくことができた。
 
全身全霊でサポートしてくれた義母、私や子供に優しい声を掛けてくれたハウスキーパー、急なお願いを快く引き受けてくれたT嶋さん、そして遠くからではあるがいつも見守ってくれた姉。体力アップに役立った漢方薬。
全てが私にとっての駆け込み寺だった。
特に初めての出産・育児は心配が尽きない。そして思った以上に疲弊する。そんな時自分なりの駆け込み寺を一つでも多く持っていることで救われる。実母がいない事で出産前は「何で死んだんだよー!」と天に向かって叫びたくなったが周囲に助けられて何とかなった。家事代行サービスなど多少費用がかさんだところもあったが、期間限定のこと、あれは必要経費だったと思うようにしている。
 
下の子が2歳を過ぎて少し落ち着いてきたいま、今度は私が誰かの駆け込み寺になれないかという気持ちが芽生えている。自分が与えてもらったものを少しでもお返ししていきたい。我が子たちが通う幼稚園に、最近第三子の出産を終えて自宅に戻ったママがいる。幼稚園の送り迎えや買い物、何かお手伝いできることは無いか聞いてみよう。
お節介おばさんになりたいのだ。あの日の私が助けてもらったように。
 
 
 
 
***
 
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2021-06-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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