メディアグランプリ

アンパンには罪はない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:永松昭徳(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
めったに行けない場所へ出張するときの楽しみといえば、ご当地飯であろう。
 
福岡県に住んでいるわたしは、8年ぶりに広島のお客様のところに行くことになった。
縁あって広島市に1社だけお客様がおられる。どうやら会社をたたむことになられたらしく、事務所の通信機器を取り外すという最後のお手伝いを頼まれた。
 
わたしは、2つ年下の友人Tくんと一緒に会社を立ち上げた。通信関係のサービス提供や工事を行う会社である。
わたしが独立するタイミングで、Tくんも会社を辞め、東北の宮城県から福岡県へと引っ越しをしてきた。
 
そんなTくんを連れて広島へ行く。もちろん彼にとっては生まれて初めての広島だ。
彼ははじめて訪れる広島をとても楽しみにしていた。
わたしが、「広島のお好み焼きはとんでもなく美味い」と常々口にしていたからである。
 
中古で買った軽の工事車両に2人乗り込み、アクセルべた踏みで広島へ向かった。片道4時間という道すがら、わたしは広島風お好み焼きの魅力を存分に語った。小説の中に出てきそうな口調に書き起こすとこうなる。
 
「関西風のお好み焼きと違ってさ、まずクレープのように薄く生地を焼くんだ。次にそこへ千切りキャベツを山盛りと麺を乗せるだろ。豚肉や場合によっては広島名物の牡蠣なんかも入ったりするんだ。そうそう、お店によっては揚げ玉なんかも隠し味で入れたりしてたっけ。目の前で職人みたいなおじさんが鉄板に上でそれを何度かひっくり返したりしながら完成するんだぜ。そこににオタフクソースがかかるのさ。仕上げにねぎと青のりがかけられ、もう美味いに決まっている色合いなんだ。極めつけは、アツアツの鉄板に上に落ちたソースさ。香り立ち、これでもかっていうくらい食欲をそそってくるんだ。はやく君にも食べさせてあげたいよ」
 
Tくんは目をキラキラさせながら楽しみにしていた。
 
昼前にお客様の会社に到着し、やさしそうな社長様と奥様が出迎えてくれた。
会社をたたむ理由は「定年退職」の意味合いが強く決して暗いお話ではなかった。
「最後だから以前お世話になったあなたにどうしてもお任せしたかったんですよ。遠くから呼びつけて申し訳なかったね」というお言葉をいただいた。
わたしはこの社長ご夫婦のお役に立てられることを光栄に思った。
 
作業内容の確認も終わり、わたしたちはお昼を取らずにすみやかに作業に入ることにした。
これが終わったら、お好み焼きが待っているのだ。
作業がはかどらないわけがない。
空腹万歳である。
 
順調に仕事は進み、3時ごろ作業のゴールが見えてきた。
「よしもう少しだ」という段階になったときに、奥様からお声をかけられた。
 
「お昼も取らずにすみませんね~」
「いえ、大丈夫ですよ。もうすぐ終わりますので」
「あちらにお茶を用意しておりますので、少し休憩されてくださいね」
「ありがとうございます。ではいただきます」
 
わたしたちは休憩スペースへと案内された。
すると、お盆にのせられたお茶の横に、丸くて茶色いものが見えた。
 
「どうぞ、召し上がってください。お腹すいたでしょう。こんなものしかないけど、少しお腹に入れてくださいね」
 
あんパンだった。しかも1人に2つずつ。
 
「足りるかしら。お若いからそれくらいじゃ物足らないわね。まだあるから持ってきますね」
 
「あ、いえ。2つで大丈夫です!!」
 
しまった…と思った。
言い出すタイミングを逃してしまった。
 
まあお腹もすいているし、あんパン食べたあとでもお好み焼きは入るはず…。
 
そう自分を励ましながら一口かじった。
隣のTくんがチラッとこちらを見ている気がしたが、気が付かないふりをした。
 
完食したわたしたちは、「ごちそうさまでした。おいしかったです」とお礼を言って作業にもどった。
 
体からお腹いっぱいの合図が鳴った。
ゲプ…。
もう少し作業も残っているから、その間にまたお腹すくはずだ…。
そんな期待を込めて最後の作業にとりかかった。
 
30分後、頼まれていた内容を終えた名残惜しそうな優しいご夫婦のお顔を見ながら最後の挨拶を交わし、わたしたちは車に乗り込んだ。
 
さて。
 
「お好み焼き、入る?」
「どんどんおなかがふくれてきてます…」
「だよね…。また今度広島に来たときの楽しみにしようか…」
「そうですね…。ちょっと今はなにもおいしく食べられる気がしません…」
 
あれから10年。
わたしたちはまだ広島に呼ばれていない。
 
事あるごとに、この日の出来事をわたしは思い出しては考えこんだ。
わたしはすごく楽しみにしていたTくんの期待をつぶしてしまったわけだ。
 
家族や友人にも尋ねてみた。
どうすることが1番正解に近かったのかと。
 
「そんなの出されたときにちゃんと断ればよかったんだよ」という意見。
「出されたものはありがたくいただくのがマナー。仕方ないんじゃない?」という意見。
さまざまな意見をもらった。
 
ある日、本を読んでるとこんな言葉に出くわして、わたしなりの結論が出た。
 
「自分が我慢すればいい、という選択をしたとして、それがもし誰かを恨んだりする結果となったのであれば、それは相手に1番失礼なことである」
 
わたしが選択した選択肢は、1番選んではいけない道だったのである。
 
わたしは奥様が思いやりの気持ちだけで出してくれたあんパンをどこかで恨んでいたのだ。
ひとときだけのいい人を演じるために、友人の期待をこわし、お客様の親切な行為を逆恨みした。
 
わたしが選んだ選択肢で、誰かひとりでも笑顔になっただろうか。
わたしは最低なやつだ。
 
もう一度、あの日に戻れるならば、わたしはこう言うのだ。
 
「では今から作業に入らせていただきます。
あ、そうだ。今日、わたしたちはこちらの工事が終わったあと、広島のお好み焼きを食べて帰ろうと思って楽しみにしているんです。どこかおすすめのお店ありませんか?」
と。
 
みんなが笑顔になれる選択肢をえらぶことができる人に近づいていきたい。
 
あんパンにはひとかけらも罪はない。
 
 
 
 
***
 
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2021-06-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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