素敵すぎる歯医者に星ひとつ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか？賞を取れるのか？プロも通うのか？〜
記事：池上 優子（ライティング・ゼミ 平日コース）
歯医者に腕の違いをあまり感じたことが無い。インプラントや矯正ならまだしも、虫歯程度ならどこも同じだ。削って、詰め物、治らなければ、歯を抜くだけ。競争過多な業界だから優しい医師が増えたし、歯垢のクリーニングで「また来週」と長々通わせられたりするのもあるあるだ。設備の良さに違いはあれど、大差ない。それが私の持論。
まずは言っておこう。私は歯並びが悪い。幼少期より虫歯になりやすかった。過去に引っ越しも多く、すでに更年期のおばさんだ。つまり幾人もの歯医者と出会ってきて、そう思うのだ。
そんな私のかかりつけは「年齢不詳の女医、いい先生だが、空いている」という理想的な歯医者。メイン通りの裏手の雑居ビル、細い階段を上がって3階、看板も古く分かり難い。いつも待ち時間ゼロ。予約はなくてもすぐに診てもらえる。前歯をセラミック義歯にした時など安価でやってくれた。多忙な生活者にはこの上なく通い易い、誰にも教えたくない穴場。
COVID-19が猛威を振るう冬の始め、私は右顎下のリンパ腺が腫れた。血液の持病で免疫の低い私はこの状況が怖かった。血液内科の担当医によると持病とは無関係らしく、一般内科では「悪性ではないので、いつの間にか治ったりするもの」との診断。
しかし2週間経ってもリンパは治らず、気になって何度も喉元を見る。何が原因？ 歯茎に鈍痛もする。これかもと女医の元に向かった。その日は受付にも待合室にも人が居らず、静かすぎるAMが流れる院内。
「すみません、先ほど電話した者です」声をかけると、奥から「どうぞ」と女医の声。
私の病状を聞くと女医は、レントゲンをとり、薬を渡し「また来週来てください」と言い、自ら会計をし、予約をとった。どうしてひとりなのか聞く事は憚れた。
翌週もリンパに変化が無く、眉根を寄せる私に女医は「そんなに腫れていれば、ふつう歯茎も腫れるもんです。でも歯茎は腫れていないし、歯が痛くなる原因も見当たらない」と言い、処置もなく帰されそうになったので「歯茎がむず痛いので、歯石の除去だけでも」そう食い下がると「じゃあまあ……」やや面倒な雰囲気で施してくれた。
見放されてしまった。以前より素っ気無く感じる女医の対応。この状況下、客足が一段と減ったのか？ 落胆と同情の入り混じった帰り道。
鏡を見る。もう3週間以上同じだ。リンパの腫れが、こんなに治らなかったことはない、怖い。眼鏡をかけ、早急に歯科医のネット検索をした。口コミの星の数より、書き込みの内容。そもそも口コミなんて、良し悪しの強力な衝動無しに書く気になるのか？ 普通に治ったら、書かないような気がする。高評価をつけて、混んでも困るし。理由のない星1つは何だろうなどと思いつつ、星2.7の医院に目がとまった。「他では治らなかった頭痛が治った。」歯科なのに頭痛？ 訝しく思ったが「他では治らなかった」がひっかかった。ここにしよう。
駅からまっすぐ徒歩7分の病院の待合室は、間隔を取りながらも混んでいた。流行病の真っ只中、歯科医がこんなに混んでいるとは思わなかった。予約をしたのに2時間も待たされ、ようやく呼ばれて入ると、コロンとした体形の朗らかな眼差しの老医師がいた。私の切羽詰まった説明を頷きながら聞き、リンパの触診をし「不安になりますよね。以前にも似たケースがありましたよ。歯茎の痛みは噛み合わせが原因でしょう。リンパは緩んだ歯茎の隙間から菌が入ったのかもしれません」とその後、何度も噛み合わせを調整し「明後日もう一度来てください。薬の効きを診ますから」と言った。「来週」ではない。「明後日」だ。早くは嬉しい。
その日から腫れは小さくなっていった。
「少し時間のかかる慢性型ですね。よくなっているのは、あなたの治す力ですよ」
そう老医師に言われ、ようやく安心することが出来、自信が無くなりかけていた自分の治癒力を信じる事ができた。
およそ3週間5回ほど通院し、完治する頃には持論などすっかり消滅していた。どこでも同じでは無い。そんな明白な事実に立ち止まって、ネットを眺める。玉石混交の情報から、良し悪しを見極めるのは難しい。当たりの医師を拾ったのだ。
最近の定期検診で老医師はふと「そのビーバーちゃんみたいなセラミックの前歯、すこし短く削りましょうかね。審美的にその方がいいですよ」と提案してくれた。
長い顔立ちが近年たるんで一層長くなり、そこにビーバーのような長めの前歯は、やや間抜けて見えていたが、わざわざ治すほどでもないと諦めていたのだ。「是非に！」
手鏡の中の笑顔は、数ミリ削っただけで、少し良くなっていた。数ミリ分、美がもたらされたとも言えよう。女性ホルモン激減中のお年頃。年々指間から流れ落ちていく美を、数ミリも与えたまおうとは！ 神か！ 祝杯だ！ 素敵すぎる！ 誰かに言いたい衝動。
しかし私は口コミに書かない。これ以上混むのが嫌だから。玉石混交に一石を放り込めず。でもまあ許してほしい。
帰り際、壁に飾ってある内閣府から老医師に贈られた賞状と旭日勲章を眺めた。そこには実績を評した確かな星がひとつ、双光の輝きを放っているのだから。
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