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その言葉は、あなたが思うよりずっと


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記事:マエガワ リホコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
自分が言われてみて、初めてその衝撃の強さに気づく言葉がある。
わたしの場合、それは
 
 
「かわいそう」
 
 
という一言だった。
 
たった5文字の。それまで何千回、何万回目にし、耳にしてきたのか分からないほど、ありふれたワンワードが。
 
いざ自分に向けられた時、こんなにも鋭く突き刺さるなんて、思ってもみなかった。
 
そもそも、わたしは「笑い話」のつもりだった。子供の頃、母に繰り返し言い含められてきたセリフを、数年ぶりに再会した女友達ふたりに「酒のつまみ」として提供した、ただそれだけだったのに。
 
え、わたし、「かわいそう」なん!?
 
ショックで一瞬息が止まり、スッと体温が下がった。とっさに何も言えずに固まっているわたしに、なおも
 
「それはさあ、ギャクタイだよギャクタイ」
「ノロイの言葉っしょ」
 
と、憤慨と同情が入り混じった、二人の声が重なる。
 
……そう、なのか?
 
……本当に? そんな大した話じゃなくない?
 
わたしは田舎の、特に由緒正しいわけでもないが一応「本家の第一子」として生まれた。三人姉妹の長女だったので、将来はお前が「おむこさん」を迎えて家を継ぐんだよと、周りの大人たちに言われながら育ってきた。
 
今思えば、「本家の長男の嫁」だった母は、明治生まれの舅と大正生まれの姑を筆頭に、親族一同から相当なプレッシャーを受けていたのだろう。わたしがまだ小学校へも上がらぬうちから、
 
 
「ええか、長男だけは好きになったらあかんで。次男か三男にしときや」
 
 
と真顔で何度も言い聞かせたものだ。その理由は、相手が長男=その家の跡取りならば「おむこさん」には来てもらえないから、である。
 
健気にもわたしは母の言葉を真に受けて、本当に小学生のうちから、ちょっといいなと思う男の子がいたら
 
「あんた、お兄さん、おる?」
 
と聞いていたのだ。そして長男だと分かるとガッカリし、次男と聞くと嬉しくて、ますます好意を寄せるような子供だった。
 
なあ、すごい話やろ? 冗談みたいやろ? 何時代の話やねん!(笑)
 
チューハイ片手にヘラヘラ話す当時のわたしには、何ら屈託はなかった。なぜなら、とうに「田舎の長男」である今の夫と出会い、跡目を継ぐこともなく結婚して実家を離れ、楽しく暮らしていたのだから。
 
けれど「かわいそう」の一言で、わたしの中の少女は、「かわいそうな子」になってしまった。
 
……みじめだった。友人たちに、もちろん悪意なんてなかったのは分かる。むしろなぐさめのつもりで憤慨してくれたのだと思う。
 
それでも、わたしの胸に突き立てられた言葉から、じんわりと見えない血がにじんで、「面白おかしい」はずの子供時代のエピソードが、急速に赤黒く塗りつぶされていくようだった。
 
実を言えば、しつけに厳しかった母からは、叱責の言葉だけでなく手も(時に足も)出されてきた。それは「親の愛」だと言われ、確かに愛情も感じていたし、母を怒らせるわたしも悪いんだし、世の中の「ギャクタイ」と比べたら全然大したことないし。と、それ以上深掘りするのはやめて生きてきたのだ。
 
結婚して夫と暮らすようになってすぐ、毎日のように「ゆうべうなされてたけど、大丈夫?」と心配顔で尋ねられても。アパートの階段を上ってくる誰かの足音や、何気なく夫がわたしの横で腕を上げた仕草に、ビクッと身体がこわばっても。それでも自分は
 
「多少厳しい母に育てられてきた、普通の人間」
 
だと思っていた。その危うい均衡が、あの一言で崩れてしまった。
 
さいわい以前よりカラーセラピーの心得があったので、わたしの中の「かわいそうな子」は放置されることなくケアされ、ゆっくりと元気を取り戻していった。客観的に過去を振り返るワークショップや、瞑想会にも何度か参加した。
 
過去の出来事をどう呼ぶかはともかく、子供時代の自分と母の関係性は、健全でも安全でもなかったと今なら理解できる。とはいえ、もはや80に手が届こうとする母を今さら責める気もなく、まして友人たちには何のわだかまりもない。
 
でも。
 
わたしは人に対して「かわいそう」とは言わなくなった。相手がどんなに痛ましい状況にあっても、絶対に「かわいそう」だけは言うまい、と心に決めている。
 
つい先日、ネットニュースで「ネグレクト(育児放棄)で一度もお風呂に入れてもらったことがない4歳の女の子」を、養子に迎えた女性の話を読む機会があった。
 
恥ずかしそうに「おふろの入りかたがわかんない……」という幼女に、彼女はとっさに「そうだよねえ! まだ4歳だもんねえ。わたしも4歳の時は、まだお風呂入ったことなかったわー」と嘘をついたそうだ。
 
もしこれが「かわいそうに! お風呂に入ったことがないなんて」というセリフだったら、どれほど女の子は傷つき、恥ずかしく思っただろう。それくらい、この5文字の破壊力は大きいのだ。
 
言葉には、チカラがある。そのことをいつも忘れずにいたいと思う。そして時にはこの女性のように、優しい嘘がとっさにつけるような人でありたいと願っている。
 
 
 
 
***
 
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2021-06-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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