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人生のハーフタイム、私のバスタイム

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田辺なつほ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
土曜日の昼下がり。素っ裸の私。目の前にはお湯を張った浴槽。入浴剤を入れたから、お湯は水色に揺らめいている。着色した水飴のようなそこに、恐る恐るつま先を、とぷん、といれた。
瞬間、じゅわっとした温度に膜のように包まれる。
 
疲れたとき、何かしらの対処法を持っている人は強い。
例えば、お腹を満たすこと、くだらない動画を見て笑うこと、誰かと話をして吐き出すこと。
どんな方法でもいい。私達の体は丈夫にできているようで、その実結構脆かったりする。
だからこそ、疲れをうまく飼いならして自分をたっぷり癒していける人は、しなやかに強くいられると思う。
 
私の対処法の一つ目は、寝ることだ。
疲れて帰ってきた日、面倒くさいことはとにかく早く済ませて布団に入るようにしている。
明日の準備をして、お風呂に入って、歯磨きをして、髪を乾かす。
帰宅して30分後にはパジャマ姿になり、すべてが完了したら布団に思いっきりダイブする。
ひんやりしたシーツが素肌に気持ちいい。ぐーっと伸びをして、一気に力を抜く。くぅ~っと思わず声まで漏れる。
脱力したまま10分も経つと、瞼がエレベータの下降のようにゆっくりと下がってくる。同じようにして私の意識も下がっていく。
こういう日の睡眠時間は平日でも10時間近く眠ってしまう。しかし、そのおかげで次の日はばっちりと目が覚める。たくさん寝たという確かな事実が、身体的にも精神的にも疲労を和らげていく。
 
ある金曜日、仕事がひと段落し疲れがぱんぱんに膨らんだ体で帰ってきた。
この日もとにかく早く布団に入りたかった。いつものように全てを済ませ、布団に倒れ込む。
ばたんきゅーという言葉はこういうときのためにあるんだと思った。
横になったまま伸びをして、風船から空気がぴゅーっと抜けていくように体の隅々からだらしなく力を抜く。
そして気づけば、そのまま溶けるように眠りについた。明日は休み、いくらでも寝れそうな気がした。
 
土曜日、案の定13時に目が覚めた。すでに一日の半分は終わってしまっている、何をしよう。
迷ったものの、特にすることもなかった私は、「そうだ、今からお風呂に入ろう!」と思い立った。
なぜなら、私の対処法の二つ目は、お風呂に入ることだから。
 
私にとって湯船に浸かることは、一流レストランのフルコースと同じだ。
それは、たまの贅沢でもあり、準備にも余念がない。
一人暮らしをしている私にとって、たった1回のためだけに200ℓ近い水を溜めるのは少しだけ勇気がいる。
もったいないなという罪悪感があるし、あとの掃除がめんどくさいと憂鬱になるし、だけどそれよりも自分を労りたいという甘い欲求がせめぎ合う。
普段はシャワーでぱぱっと済ませてしまうことがほとんどだ。通常時の私であれば、お風呂に入る、という行為は疲労を緩めるためじゃない。体を清潔に保つ、最低限のエチケットのようなものだ。
そう思っているから、疲労をほぐすために入るたった1回、その贅沢にかける熱量はフルコースを用意するシェフにも匹敵すると思う。
 
まずは、湯加減の調整。ワンルームの私の部屋には自動で湯加減を調整してくれて、ちょうどいい量になったらお湯が止まるシステムはない。最初に出した温度が全てで、自分で止めなければ溢れるまで出続けてしまう。
大人になったら、全自動でお湯が張れて、追い炊きまでしてくれる家に住みたいなあと思う。
私が好きな温度は少し熱め。そのために、まずは熱湯に近いお湯を出して、冷水で調整していく。
量も大切で、半身浴よりも少し多め。こんなこだわりがあるから、お湯張りのときは一時も目が離せない。
何度も手で混ぜては、温度を確かめる。時々足を入れて、手とは違う部位でちょうどいい湯加減を探っていく。さらに、水に切り替えるタイミングを計って量を調整する。
 
うまくお湯が張れたら次は、暇つぶしのセッティングに取り掛かる。贅沢なお風呂だからこそ、いつものようにぱぱっと済ませるわけにはいかない。最低でも2時間は入るのが私のルールだ。
浴槽に橋をかけるようにして、机を置き、そこに本、飲み物、氷、携帯、モバイルバッテリー、ちょっとしたお菓子、汚れた手を拭くおしぼりを用意する。お湯の量が多すぎないようにするのは、これらが濡れるのを防ぐためだ。
最後に、換気扇を回して、湯気で本が湿気らないようにする。
ゆったりとしたジャズを動画サイトから探して、静かな音量で流してセッティング完了。
これらが終わって、ようやく服を脱ぎ、つま先を、とぷん、とお湯にいれる。
 
その日は、完璧なお湯加減だった。
体がすべて入って、水位があがったとしても肩が浸かるか浸からないか、量加減も完璧。
フルコースのメインディッシュを味わうかのように、ゆっくりと体の疲れを咀嚼していく。
疲労は、おしりのほくろだ。それは、言われて初めて気づくように、外部によって気づかされる。
お母さんに言われて、初めておしりにほくろがあったことを知ったように、湯船に入って初めて、体の中に疲労がまだ残っていたことに気づいた。私は、とても疲れていたのだ。金曜日からたくさん寝たことで、ある程度は疲れを飼いならした気になったけれど、体はそうでもなかったのだと実感した。
体の疲れも、気づかないうちに溜まっていた心の疲れも、全部が私から流れ出して、熱めのお湯に溶けていった。
 
400ページもある本を読み、ドラマの見逃し配信を見ていたらあっと言う間に時間が過ぎた。
お風呂からあがったときには日が暮れていた。今日いちにちがお風呂で終わってしまった。
多分、いや、とても無駄な時間の使い方なんだろうなと思う。
だけど、私はほかほかと大満足だった。こんな日があるから、また来週からも頑張れる、そう思った。
 
生きていくことはそれだけで、毎日とてつもないエネルギーを消費する。
そのうえ、仕事だ、人間関係だ、恋愛だ、健康だ、勉強だ、と問題があれよあれよと降り注ぐ。
疲れたとき、何かしらの対処法を持っている人は強い。それは、心の休憩所だ。ちょっとした息抜きだ。
マラソンでいうなら給水所、学校でいうなら昼休み、試合でいうならハーフタイム。
毎日を積み重ねていく人生の小休憩だ。長期休暇じゃない、1日単位でのちょっとした休憩。不連続な癒やし。
あなたの対処法はなんだろう。あなたの休憩所のこだわりとルールはなんだろう。
休憩した1日があるからこそ、私たちはまた明日からも前を向くことができる。
気づかないうちに溜まる疲れを癒して、また明日からも生きていこう。
 
 
 
 
***

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2021-06-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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