メディアグランプリ

台風の夜にひとりで


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記事:まちだ ねこいち(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
子供の頃、台風の日が楽しみだった。窓から見える木々はうねり、ごうごうと風が窓を揺すり、道路は川のようになった。豪雨の中、あえて犬の散歩に出て黒い雲が見たことのない速さで流れるのを目撃し、高台から見える景色がすべて灰色の暴風と豪雨にさらされている様子から目が離せなかった。
 
今では大人になり、台風は備えるべき災害だという認識ができ、子供の頃のようにワクワクすることはない。しかし、台風の夜はいつもと違う過ごし方をしている。その夜は、NHKの総合テレビをつけっぱなしにして、テレビのあるリビングで、一晩じゅう起きて、一人で夜を明かすのだ。気がつけばもう20年くらいそうしている。
 
台風が接近している時は深夜になると、総合テレビで天気図やレーダー画像、注意報・警報の静止画面と音楽だけが続き、30分とか1時間毎に1回、アナウンサーが5分間ほど台風の最新状況を伝えてくれる。それが終わると、画面には「次の台風情報は○時○分にお伝えします」と小さいテロップが表示されて、また静止画と音楽が続く。これが明け方4時のニュース番組が始まるまで繰り返される。
それを一晩中、ソファでタオルケットを被ってうとうとしながら見守るのだ。部屋の照明は消し、壁にテレビの光だけが散らばる。時折挟まれる5分間のニュースを確認し、また次のニュースまではうとうとして過ごす。近年はデータ放送が充実してきているので、時々はリモコンの「d」ボタンを押してデータ放送に切り替え、近辺の河川の水位などをチェックしたり、避難所開設情報を眺めたりする。
 
大人になってから、台風の接近が深夜にかかると、いつもそうしている。
子供の頃のように楽しくてワクワクしているわけではなく、もっと静かな心境ではあるが、でもテレビを消したくはない、見ていたいという感覚。気持ちとしては、習慣というか、その時やらなければならないミッションのような感覚だ。台風にずっと注目していたい。情報をずっと確認していたい。だから、完全に寝てしまわないように、ソファの上でうとうとし続ける。
 
この台風の夜の習慣について、これまで他人に言ったことはない。台風を楽しみにしていると思われると、人間関係に影響しかねないからだ。だから他の人が同じような行動をしているかどうかはわからない。自分はなぜ、台風の夜にNHKテレビをつけっぱなしで見守るという行動をとっているのだろうか。なぜ私はこんな風に過ごすようになったのか。同じように過ごしている人に出会ったことがないので、長年この謎を自問自答してきた。
台風が好きだから? いや、台風自体が好きというわけではない。防災グッズが好きだから? 防災グッズを買い集める前からの習慣なので、これも違う。じゃあ、なぜなのか?
 
謎といえば、私のこの行動は昼間の台風通過時には全くやる気にならないことも、また謎だ。近年、大きな台風が日本を通過した際には昼間のニュースで大々的に台風の進路や被害状況が報道され続けていたが、深夜にうとうとしながら見る放送とは明らかに気持ちが異なっていた。深夜にあったような「やらなければならない」感覚が感じられないのだ。
昼間の台風報道は、ずっと誰かが喋っている。アナウンサー、解説者、現地レポーター、インタビューに答える人……。人の声が途切れることはない。映像も次から次へと頻繁に切り替わる。日本中、大勢の人が台風に注目している。
 
そうか。私は「見張り番」をしていたんだ。
台風という大きな災いがやってくる夜、私は寝ずの見張り番をしている気持ちだったのだ。例えれば冒険の旅に出た仲間の中で一人、一晩中焚き火のそばで剣を抱えて周囲に気を配り、危険な猛獣や盗賊たちに襲われないよう、見張りをしている感覚なのだ。照明を消した暗い部屋で、テレビの光という焚き火だけを相手にして、警戒を怠らず夜を過ごす。
昼間の台風報道ではその気にならないのは、「みんなが見てくれている」からだ。誰かがずっと台風のことを話している。絶え間なく最新情報を伝えてくれる。だから私は見張り番をしなくていい。
夜は違う。みんな寝静まってしまって、テレビにも時々しか人は出てこない。暴風が建物を揺らしている。激しい雨がガラス窓に叩きつけられる音がする。この災いを避けるために、私が見張りを続けなければ……。
 
考えてみれば不思議な心理だ。わたしのこの習慣は独身で一人暮らしのときから続いている。そのとき、私は誰のために見張りをしていたのだろう? 否、家族がいる現在でも、私は家族のために見張りをしていない。私にとって、もはや誰かや何かを守ることが見張りの目的ではない。ただ一人、誰もいない深夜に見張りを行うこと自体に、ささやかな喜びを感じていることを否定できない。
非常事態の中、定期的に放送されるニュースをルーティン的に確認して、確実に達成できる作業を成し遂げて安心する。それも誰もが寝静まっている中で、一人だけで密かに……。私は自分がそのようなことで喜びを得ている小さな人間であることを認めたくなくて、今までこの行動の動機に深く踏み込まず、「謎だ」としてきたのかもしれない。
 
明け方4時のニュース番組が始まり、キャスターたちがそろって「おはようございます」と凛とした声で挨拶したとき、私の見張りは終わる。カーテン越しに少しずつ白くなってくる外の光が、人々の活動の時間がやってくることを知らせてくれる。私の仕事は終わった。テレビの音を小さくして、普段の起床時間まで、もう少し眠ることにする。無事に「仕事」をやり遂げたという感覚とともに。
 
台風の夜、私と同じことをしている人はいるだろうか。もしかしたら、私と同じ気持ちの人が1人くらいはいるかもしれない……いてほしい、のかもしれない。こんな矮小な人間は自分一人だけだなんて、考えたくはない。
次に台風が来たときも、私はやっぱり寝ずの番をしてしまうだろう。自分ひとりのために、「見張り番」の義務を果たすというささやかな喜びを得るために。
 
 
 
 
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2021-06-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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