メディアグランプリ

世間様という小さな世界


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記事:北村知里(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
5月に入ってから仏間でパソコンをにらみ付けため息をつく日が続いていた
ネット上の情報を調べども調べども答えが見つからないのだ。
検索していた言葉は「お布施」この言葉をもう何十回入力したことだろう。
4月に母が他界し慌ただしく葬儀をとりおこなった。緊急事態宣言下、大阪に住むごくごく近しい親族10名ほどでの最後の見送りとなった。葬儀会社の担当の方やスタッフの皆さんのお蔭でとてもいい葬儀をすることができた。
生まれて初めての喪主、不安ばかりだったのだが葬儀の内容はとてもシステ化されていることに驚いた。金額別に数種類のコースがありほとんどの物が初めからセットになっていた。祭壇、写真、供え花、棺桶に霊柩車、スタッフの人数などそこに変更したいものや追加したいものがあれば金額が一目でわかるパンフレットから選べばいいのだ
今の時代パンフレットもタブレットの中に入っていることも初めて知った。
変更をお願いした時点で合計金額が提示されるのだから時代も変わったものだと悲しみの中、感心した。
 
しかし、どんなに目を凝らしてもどこにも金額が表示されていないものがひとつだけあった。お布施である。金額が分からないということは人間不安になるもので担当者に尋ねた。
「あのお布施はいかほどなのでしょう」
「宗派別に決まっておりますのでご安心下さい」
なんと通夜から葬儀、その後初七日法要までのお布施は決まっているというではないか。
しかも印刷された白い封筒まで用意されており葬儀当日、ご住職にお渡しするタイミングまで指示してもらえるというのだから、まさに手取り足取り有り難い限りだった。
 
葬儀も無事に終わりほっとしているとご住職から四十九日法要と百箇日法要の日程の連絡があった。
「緊急事態宣言中ではありますが四十九日法要は日曜日にしたほうが皆さんのご都合がいいと思いますよ」
それではと5月末の日曜日に決めたのだった。
「これで一安心やわ」そう思った瞬間恐ろしいことに気がついた。またもやお布施である。
当たり前のことだがご住職からお布施の金額など言われるわけがない。そして面と向かって聞く勇気などあるはずもない。
速攻で葬儀社の担当者に電話をかけ尋ねてみた。
「あの四十九日法要と百箇日法要のお布施はいかほどかと」
「お気持ちでよろしいかと」
 
お気持ちで……。そんな霞のようなあやふやな言葉などいらない。明確な金額を私は知りたいのだ。葬儀社の方が言えない大人の事情もなんとなく分かるのでそれ以上食い下がることもなく電話を切った。
ひとり娘の私は相談できる兄弟姉妹もいない。自分で決めるしかない。決心したはずなのにパソコンを開いては「お布施」に関する情報をまた調べ出した。
お布施にはどうも相場があるらしい。四十九日法要や一周忌、三回忌など節目の法要では大体3万円から5万円がお布施の相場らしい。この範囲で決めればいいのではないか。一瞬そう思ったがそう簡単にはいかなかった。
 
「この金額やったらあかんのんちゃう」
「周りの人達はどう思うんやろ」
「世間様はどうしてはるんやろ」
世間様という目にはみえない世界がむくむくと頭の中にわいてきたのだ。
 
決められないことに悩んでしまう時、人にどう思われるかを気になってしまうことがある。
その誰かとはどんな人達なのか。誰の目や考えを気にしてしまうのか。
それが世間様と自分が思っている人達なのだ。
決して社会の人達や地球上の人達のことではない。
世間様という世界があるとしたなら、それはごくごく小さくて近しい人達との世界だ。
そして世間様と自分が呼んでいる世界はどんなことでも話せる関係性であり遠慮なく自己開示できる場所でもあるはずなのに悩み始めると一瞬で世間様はとてつもなく多きく遠い世界となってしまうのだ。
自分で決めつけてしまっている世間様という世界、向き合うのはそこではないはずなのだ。
ではどこなのか
 
世間様を気にしている自分自身なのだ
 
そう考えたら、さっきまで悶々と悩んでいた自分があまりに滑稽で笑ってしまった。
霞のような言葉だと思ったことも、明確な金額を知りたがったことも、面と向かって聞けなかったことも、世間様を気にしていたことも勝手に思い込んで勝手に悩んでいただけのことだったのだ。
 
「うん。私は私の気持ちでお布施をご住職にお渡ししよう。」
そう決めた時には迷いも世間様という世界も心の中からすっかり消えてしまっていた。
ひとり悩み悶々とし、ため息をつきながらパソコンをにらみつけている私の姿をもしかしたら母はどこからか眺めていて
「ほんまこの子はいくつになってもあほやわぁ」と思っていたかもしれない。
四十九日法要が終わり静かになった仏間で返事は返ってこない母の写真にむかって
 
「精一杯の私の気持ちは込めたよ。これでいいよね、おかあちゃん」
 
写真の母はあきれたように少し笑ってくれたような気がした。
 
 
 
 
***
 
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2021-06-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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