あなたが私にくれた塩
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ハヤシアキコ(ライティング・ゼミ平日コース)
私の元カレは突然意味不明なものを送り付けてくるという習性があった。
剣道の竹刀が送られてきたことがあった。
私も同居している妹も剣道はしない。
「なぜに竹刀?」
と聞いた記憶はあるけれども、答えを覚えていないところをみるとピンとくる理由ではなかったのだろう。
その竹刀は、透明なビニールに入れたまま、防犯用として玄関の傘立てに置いていた。
数年前、引っ越しをした時に、引っ越し業者のお兄さんに
「あ、これもお願いします」
と竹刀を渡したら、当たり前だけれども、
「剣道されるんですか?」
と聞かれたが、
「いいえ、えっと、カレが突然送ってきて……」
と、もごもごと答えると、
「いいですね~!」
と、お兄さんはさわやかに笑ってくれた。
新居に運び入れる際に、マンション中に響き渡るボリュームで、
「竹刀どこに置きます~?」
と聞いてくれたので、
「防犯用なので、玄関の傘立てに置いてくださ~い!」
と、負けじと叫び返して、そうして、竹刀はそのまま使われることなく玄関の傘立てに鎮座し続けるはずだった。
ある朝、まだ寝ていた私に妹が声をかけてきた。
「竹刀借りていい? 昨日捻った足首がすごく腫れて痛くて眠れなかったから病院に行ってくる」
寝ぼけていた私は、
「いいよ」
とだけ答えたのだが、目を覚ましてから、ん? 病院に行くのに竹刀って? もしかして、杖の代わりか! そんなに足が腫れていたなんて夜間救急病院に行けばよかったのに! と、気の毒に思いつつも、竹刀をついて病院に行く妹の姿を想像して笑いが止まらなくなってしまった。
足首を捻挫したからといって、杖ではなく竹刀をついてくる患者はそうそういないだろう。
結果として、重度の靱帯損傷でしばらくまともに歩けなかったので、笑い事ではなかったのだが。
妹が行ったのは、リハビリテーション科がある整形外科だった。
早朝だったが故に、お年寄りがたくさんきており、足首を紫に腫れあがらせて竹刀をついてきた妹を見て、
「あなた! ケガしているなら座りなさい! 受付の人がきてくれるから!」
と、数人が席を移り、受付に近い席を空けてくれた。
そして、皆が竹刀を見て、
「剣道でねぇ」
しみじみと口々に言う。
「あ、いえ、違うんです。これはただ家にあって……」
と説明をするも、わざわざ出てきてくれた受付の人にも、診察室でも、レントゲン技師さんにも、そして待合室にまた戻ってきても、さらには帰りのタクシーでも、
「剣道でケガしたのね」
「剣道されているの?」
「剣道でねぇ」
と言われるものだから、痛くてそれどころじゃないのに、もう何で竹刀なんて持っていっちゃったんだろう! と、帰ってきてから私に散々愚痴ったのだった。
そうして、妹が『姉カレがくれた竹刀をついて病院に行った話』をSNSに書いたら、
「今度は甲冑とか送られてきたりして!」
などというコメントが入り、それを見たカレが、
「甲冑送ったから!」
と連絡をしてきた。
ちょっと待って、どんなサイズ感の甲冑!? 置くところないけど! とビビッていると、送られてきたのは、約40cmほどの西洋甲冑、能面、そして、斉藤由貴の「卒業」のCD。
能面と卒業、どんな意味があるのだろうか。
私はカレのことが理解できず、だんだん不安になってきた。
別なある日、宅配業者さんがまた彼からの荷物を持ってきた。
「お、重いですよ……」
と言って、ドスンと玄関前に置いた段ボールに書かれた品名を見て、私は、さらにカレのことがよくわからなくなった。
並塩 25kg
「敵に塩を送る」
このことわざが頭に浮かんだ。
経済制裁を受けて塩が不足していた甲斐の国の武田信玄に、敵将の上杉謙信が塩を送って助けたという逸話が元になる、誰しもが知っていることわざだ。
私たちの間に、争いごとなど何ひとつなかったはずだった。
不足しているものを送ってくれることはどんな時でも助けになるが、不足していない用途不明のものを送られるのはひどく迷惑だ。
別れよう、私はそう思った。
それから数年、ダイニングに座ると視界の端に見える塩を1gも使うことなくそのままにして過ごしてきたが、塩袋は開けなくても湿気を含み、フローリングに何かしらの影響を与え始めていた。
〇〇区 粗大ごみ 塩
そう検索しても塩の廃棄方法など出てこない。
「袋に小分けにしてちょっとずつゴミに出すしかないんじゃない?」
妹はそう言う。
25kgもの塩をどれだけの回数ゴミに出せばよいのだろう。そもそも可燃ごみなのか? 不燃ごみなのか?
塩、塩、塩、私は、塩の廃棄方法で頭がいっぱいだった。
どこかの海に流せばいいのじゃないかと思いついたが、不法投棄にあたるのではないかと言われ、また悩んだ。
そうして、私は長いこと悩んだ末に、やっと解決策にたどり着いた。
不用品回収業者に、家具の引き取りのついでに頼んでみたのだ。
「なまもの扱いになるので、プラス5,000円です」
なまもの……。そうか、塩ってなまものなんだ……。
5,000円という金額よりも、なぜかそのことに驚いていた。
業者のお兄さんが、あまりの重さにウッと呻きつつ塩袋を担ぎ、
「どうしたんすか、これ」
と聞いてきた。
それはそうだろう、聞かずにはいられないだろう。
「元カレがウケ狙いで送ってきて」
お兄さんは何も言わず、残念そうな顔で、へへっと笑った。
塩と家具が載ったトラックを見送った後、私は久しぶりに清々しい気持ちでいっぱいだった。
あなたが私にくれた塩
なまもの扱い 5,000円
歌いながら上機嫌で玄関に入って、気づいた。
竹刀も持っていってもらえばよかったな。
***
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