「ピンク色=女の子」なんて誰が決めた?
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
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記事:井口皓介(チーム天狼院)
小さな頃から周りの大人たちに言われてきた言葉がある。
「これピンク色じゃん。女の子みたいだから、青色とかにしなさい」
この言葉は長い間、僕の心の中にちくりと刺さっていた。
まるで喉に刺さった魚の小骨のように。
初めてこの言葉を言われたのは小学校低学年の頃だったと思う。
野球の道具を買うためにスポーツ用品店に行った。
そこにはピンクがアクセントとして入ったリストバンドがあり、僕は両親に「これが欲しい!」と言った。
なぜ、数あるリストバンドの中からそれが欲しくなったのか。それは、当時(というか今も)僕がプロ野球の中日ドラゴンズのファンで、一番好きだった選手が使用していた道具にピンク色が入っていたからだ。バッティング・グローブやリストバンドなど、その選手が使用しているものの多くにピンク色がアクセントとして使われていた。
憧れのヒーローが使用する物と似た物が欲しくなるというのは、ある意味当然の成り行きだったと思う。
しかし、両親から返ってきた言葉は、「別のものにしない?」だった。
理由を聞くと「男の子っぽくないから」だった。
「何だ、その理由」
とっさに理解ができなかった。
そして今まで言われたこともない両親の言葉とシチュエーションに困惑した。
両親は無くても困らないものを買うことには厳しかったが、必要なものを買うことには、全くと言っていいほど口を出さなかったからだ。
「リストバンドは必要なもの」という事実は僕と両親の間で共通の認識だったので、まさか「ピンク色だから」という理由で反対されるとは思わなかったのだ。
今ならわかる。両親に悪意があったわけではない。
ただ「周りの友達から浮かないように、息子が嫌な思いをしないように」と心配してくれていたのだと。
僕が通っていた小学校は人数の少ない学校で、その分、友達同士のつながりは深く、狭かった。そんなコミュニティで少しでも「浮いている」ところがあれば、たちまち冷やかしの格好の標的となってしまう。それを両親は恐れたのだと。
しかし、そんな「オトナの事情」を理解して、受け入れることが小学生の僕にはできなかったのだ。
この一件以降、僕は「ピンク色」を異常なまでに気にするようになった。
憧れの選手が使っていて、自分の好きな色がなぜ否定されなければならないのか。
なぜ、男の子はピンク色を使ってはいけないのか。そんな疑問が消えては湧いてを繰り返す。
どうしても答えを見つけることができなかった僕は、反動でピンク色のものを多く使うようになった。
お気に入りのペットボトルカバー、中学生の頃から使っているシャーペン、高校時代に一目惚れして購入した筆箱……。僕の「ピンク色」へのこだわりは強くなっていった。
「ピンク色=女の子の色」というイメージからか、ピンク色のものには女の子向けのキャラクターが描かれたものも少なくなかった。
しかし「ピンク色中毒」だった僕に、そんなことは関係なかった。それどころか、描かれているキャラクターさえも好きになっていった。
こうして、僕の持ち物には「女の子っぽいもの」が日ごとに増えていった。
周囲への反抗心も少なからず持ちながら。
そんな考えが、最近変わった。先日、僕がMacBook Airを購入した時のこと。例によって僕が購入した色はピンクである(正式にはゴールドというらしい)。
両親に見せると、「いいじゃん。かわいらしくて」と返ってきた。
「あれ? 口出ししないの?」
予想と全く違った返事に拍子抜けしていた。どうせ「女の子っぽいね。別の色にしたら?」と言われるのだろう、と、タカを括っていたのだ。
意外そうな顔をしていたのだろう。母が続けて言った。
「もう、あんたも大人だからね。自分が納得できたら、それはいい買い物じゃん」
危うく涙がこぼれるところだった。
今まで「気がかりな子供」としてしか見てくれていないと思っていた。しかし、いつの間にか、僕のことを「一人の大人」として見てくれていたのだ。
それは僕に、両親と対等な立場に立てたという喜びを与えた。同時に「一人の大人としての自覚を持ちなさい」という両親からのメッセージのようにも聞こえた。
「そうだね。いい買い物だったよ」
母にそう返すのが精一杯だった。
必死に涙をこらえ、購入して間もないパソコンを、目的もなく操作する。
涙の波が引いたところで、僕はパソコンを閉じた。
そして気づいたのだ。「ピンク色の呪縛」が解けていることに。
誰しもが一度は「周りと浮いてしまっている」と思ったことがあるのではないだろうか。
その「浮いてしまっている」ことを隠したり、直そうとしたことも。
でも、そんなこと、しなくたっていい。
人の好みに「違い」はあるかもしれない。けれど、そこに「優劣の差」なんて生まれないのだから。
これからも「浮いている」という無言の圧力を感じることがあるだろう。
それでも、その圧力をはねのけたい。
誰かとの「違い」一つひとつが重なってできた、「自分」という人間の代わりは、どこにもいないのだから。
ならば、我が道を行くだけだ。もがきながら、それでも楽しんで生きていくだけだ。
そんなことを考えながら、僕は、夕飯の煮魚を食べる。
ときどき小骨が喉に刺さり、その度に小骨を米粒で流しながら。
***
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