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ロマンス詐欺にひっかかりそうになりました


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:池上 優子(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
西友の子供服売り場で、娘の体育祭Tシャツを探していた時の事、こちらに視線を感じて顔を上げると、ワゴン向こうにいた黒人男性と目が合った。
白いジャケットに、鮮やかなオレンジ色のシャツ、首元には太い金のチェーンネックレス。シャツからのぞく筋肉流々とした体つきがボクサーのよう。
「アノォ、ベビー フク ドコデスカ?」と彼は困った顔で聞いてきた。私は少し驚き、英会話が苦手だから嫌だなと思いながら、
「えっと、確かあっち側……」と売り場方面を指さしたが、彼は分からないと肩をすくめるので、私は店員をきょろきょろと探したが、見当たらず。仕方ないので
「こっちのほうですよ……」と案内した。すると、
「エット、ワタシ、ワタシノ、オニイサンニ、プレゼント、シタイデス」と言って、携帯の写真を見せてきた。
そこには、赤ちゃんを抱いた黒人夫婦の写真があった。
「デモ、???イイ…」と彼は言ったが聞き取れず、
「あの、英語ダメなので、店員さん探してきますね」と私はフロアを走った。
ああ、慣れないので焦る、変な汗まででてくる。
そう思い、急いで店員を探したが、やはり見当たらない。
困ったな、でも困ってるのよね……外国で欲しい物を探すのって、大変だろうし……。
 
「店員さん、いなかったわ、赤ちゃんの、プレゼントね」と私は少し手伝ってあげることにした。
「ハイ」と彼はまっすぐな目で素直そうに頷く。
「アニハ、ナイジェリアニ、イマス。
ボクハ、イチネンマエニ、ニホンニ、キマシタ」
「へぇ、日本語、上手ね」勉強家なんだな、1年でこんなに話せるようになるなんて。発音はぎこちないが、ちゃんとしゃべれている。
「赤ちゃんの、サイズ、これくらい?」かかっているベビー服を取りながら聞いたが
「ワカラナイ」
「えっと、何か月?」
「?」
「いつ生まれたの?」
頷きながら、3と指で示したので
「3か月前?それとも、3月生まれかな?」
「?」質問がうまく伝わらないよう。
「男の子? 女の子?」写真はどっちでも取れる白系のベビー服を着ている。
「ワカラナイ」
「え? 聞いてないの? じゃ、お兄さんに、ちゃんと、聞いてから、探したら?」と言葉を区切ってゆっくり話すと
「……アノ、キクカラ、アシタ、ツキアッテ」と彼は言った。
「へ?」 明日買い物に付き合ってというのか? それは随分頼ってくるもんだな、ナイジェリアでは、初対面の人にそんなお願いもできるものなのか。
驚いて、目をパチクリさせている私に彼はもう一度言った。
「アナタノコトガ、スキニ、ナリマシタ。
アシタ、プレゼント、カウノ、テツダッテ、クダサイ」
「は、はい?」前半、なんて言った? 何かの聞き間違い?
「ボクハ、テレビノ、シゴト、シテイマス。アシタハ、ヤスミ、デス。」
「えっと、わ、私は、結婚しているし、子供もいるの、だから、無理!」目を白黒させつつ、でもきっぱりと言ったつもりだ。なのにもう一押しやってくる。
「イママデ、アッタヒトノ、ナカデ、イチバン、スキデス! アイシテイマス!」
 
あ、愛してると? 今までで一番? この短い関わりの中で、アラフィフの私を好きになって、愛していると言っているのか、このオレンジシャツは?! まさか私に一目ぼれ? あり得るだろうか……いやあるかもしれない。そういう映画、見たことある。
かなり自意識の高い勘違いである。今ならそう分かる。
だが、あまりにも予想外な告白は、思っていたより打撃が強く、おかしな方向に私の思考がズレた。
 
心の中は、嵐のように様々な考えが瞬時に飛び交う。揺さぶられ、ぶつぶつと。
 
世の中、熟女好きもいることだし、外国人には、日本人の年齢が分かりにくいという。現に私は黒人さんの年齢が分からない。この人は30歳半ばだろうか。相手を上から下まで眺めてしまう。
よく見ると、野性的だが、知性的にも見える。キャンパス地の靴も清潔感があって良い。笑った顔が可愛いかも。
 
はたと、わが身を考える。ちょっと待て。自分を見てみろ!
今日の私は、色の抜けた黒のパーカーにジーパン、ダボっとしている服だから、体形の崩れは分からない。サンダル履き。夕方4時。主婦が家からそのまま飛び出してきた感ある。ボサボサ髪。ほぼノーメイク。眼鏡を掛けているので、眼まわりはカバーされているのか。案外こんなかんじが、ナチュラルでいいのか、セクシーなのか、そういうことって、あるのか?!
 
冷静に考えると、即座にあり得ない、悪質なナンパだと気付くはずだが、私はその時、訳の分からぬ恋愛ロジックで事態を見ようとしていた。乙女な破片が、半世紀の時代を経ても残っていたのだ。
しかし理性という堅牢な門はそう簡単に開かない。
そして、私は声を張ってこう言ったのだ。
「日本人はこんな短い時間で、愛しているとはならないの。日本人の愛ってもっと時間がかかるもんだから!」
彼はたじろいだ。まさかそんな説教じみた恋愛論を返されるとは思わなかったのだろう。大々的に言っているが「日本人の愛」ではなく、単に個人の振り返りである。
彼は肩をすくめ、首を振り、
「デモ、レンラク、クダサイ」そう言って、私に連絡先を握らせ、去っていった。
 
この連絡先は、今は遥か彼方になってしまったあの青春の輝きへと続いているのか、堅牢な門前の戦士は目を細めて思う。
私はしばらく興奮気味な鼻息を吐き、ひと呼吸おいてから、友人に電話した。この驚くべき事態を友人に伝えねば。
すると彼女は「ゆうちゃん、それは詐欺だよ、連絡しちゃ駄目だよ」
そしてやや声を落とし同情気味に言った。「大丈夫?」
その言葉を聞き、戦闘服は解け、熱い告白と興奮は引き潮のごとく消え、西友のベビー服売り場に佇む我にと返った。
 
1年ほど経ち、私は『国際ロマンス詐欺』を報じるニュースを目にした。SNSで知り合い、好意を持たせ、何人もの日本人から多額の金を搾取したという。その外国人犯行グループのひとりがオレンジシャツにそっくりだった。外国人の顔はどれも同じに見えるのだが……
「ほらね、ゆうちゃん」と友人はいう。「危なかったね」
「はい、あなた様のお陰です」と言いながら、
でもね、あの「アイシテイマス」を直接喰らうと、想像以上に破壊力あるんだわ、思考がズレたもんと私はもぞもぞ呟いた。
 
 
 
 
***
 
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2021-07-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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