メディアグランプリ

『アングラ』な世界で体を整える


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西元英恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「はっ……はっ……、はっっっくしょん!」ズルズルズル……。
あぁダメだ。2日前からくしゃみと鼻水が止まらない。目の奥もずーんと重い。
とりあえず家にあった葛根湯を飲み、栄養ドリンクを流し込む。しかし、全く効く気配が無い。
 
(多分、夏カゼなんだろうけどなぁ)
心配性の私は以前ならすぐに病院に駆け込んでいたのだが、このコロナ禍では憚られる。
しかも夏休みに突入し二人の幼児を抱えているとあり、待ち時間が長くなるかもしれない病院に二人を連れて行く気には到底ならない。
 
どうしたものか……と考えあぐねていると、夕方、自宅の郵便ポストに1枚の絵ハガキが届いた。
 
(おーーーーーっ! そうだった! 私にはこれがあるじゃないか!)
 
和紙のような趣のある紙に薄紫色の縁取り、淡いピンクの蓮の花。そこにはこのようなメッセージが書いてあった。
 
「知らぬ間に溜まったエアコン疲れには睡眠・食事と早めのひと針」
 
以前からお世話になっている鍼の先生からだった。
私は、こっそり隠しそのまま忘れ去っていた「へそくり」を見つけ出したかのようなルンルンした気持ちで、翌朝鍼灸院に電話をかけた。心身の不調を何度も助けてくれた信頼できる先生なのだ。
 
約3年前、次男を妊娠時に謎の「動悸」の症状に見舞われた。しかも「ドクドクドクドク」と自分に響く音が外に漏れているんじゃないかと思うほど程度が強かった。座っているだけでもきつく、ほぼ寝たきりの状態になってしまった。もちろん担当の産科医に相談はしたが「つわりの一種」と話は片づけられ途方に暮れていたのだ。
 
そんな時にネットで探し当てたのが妊婦もウェルカムのこの鍼灸院だ。程度が強い分少々時間はかかったが、じっくりと治してくれた。
 
「こんにちは、ニシモトです。ハガキを頂いて……」
「おー。お久しぶりです。どうですか調子は? お元気にされていましたか?」
丁寧だが抑揚のない声。先生はいつもこんな感じだ。
「いや、それがどうも不調で」
私はこの3日間の様子を伝えた。すると先生は
「それはいけないなぁ。じゃあちょっと診ましょう」
 
運良く空いている時間帯があり、電話した当日の午後に診てもらえることになった。
車で20分程度の鍼灸院に着く。
先生は男性で年齢は不詳だが40代の私より幾分若い気もする。背は高く、やせ型。眼鏡の奥にある目は物静かな雰囲気を醸し出している。相変わらず淡々としており、無口というわけではないが平坦なトーンでしゃべる。覇気はない。
しかし、この無機質な感じが疲弊した心身に逆に心地よかったりするのだ。
 
リラックスできる、ゆるい服装に着替えるといよいよ施術が始まる。
「舌を見せてください」
私は先生に向かって「べー」と舌を出す。
 
これは東洋医学で「舌診」という。舌を見るとありとあらゆる臓器の状態や日頃の生活習慣がわかるのだそうだ。
体に余分な熱がある、血の巡りがよくない、体を滋養する力が弱い、ストレスがかかっているなどなど。それに加えて食べすぎ飲みすぎなどの状態もわかってしまうそうだ。
たかが舌、されど舌! !
 
その後、ベッドに横たわる。すると先生が私の体から20㎝ほど離したところの空をなでるようにまんべんなく手をかざしていく。
 
これってはたから見たらなかなか怪しい光景だよなぁ。
 
そんなことを考えながら先生に尋ねる。
「あのぉ、この手をかざすやつってどんな意味があるんですか?」
素人なりに一応把握しておきたい。自分の体に何が行われているのか。
「あー。これは気の滞りを見てます」
それがどうした、とでも言わんばかりの飄々とした感じで先生が答える。
 
前から感じてはいたけど鍼灸の世界はアンダーグラウンド、略して『アングラ』な匂いが漂っている。
神経痛・リウマチ・五十肩など限られた症状にしか保険が適用しないし、施術を小さなマンションの一室で先生がひっそりとやっている場合も多い。この鍼灸院に関してもそうだ。加えて今、先生が触診するわけでもなく空をなでているのだ!
 
この手かざしについては先生が弟子時代を懐かしむかのように補足情報を聞かせてくれた。
「この手をかざして患者さんの体の様子をみるのはマイナーなやり方なんです」
聞けば、鍼灸院だからどこでも同じというわけではないらしく、師匠の考え方等によっても施術方法に若干の差は出るようだ。
「こういうのって師匠も弟子には教えないんですよ。師匠から弟子に教えるとそこにスピリチュアルな世界が入り込んで傾倒しちゃう人も出てくるから」
 
なるほど、そうなるとちょっと危ない世界かも……。
 
「神が降りてきた、とかいう人も出てきたりして」
そういうと先生はふふふと笑った。
ますます怪しい世界だ。
 
とはいえ、はり師・きゅう師というのはれっきとした国家資格で(「鍼灸師」というものは存在しない)、目指すものはみな専門の学校で知識と技術を習得し、試験で筆記と実技の両方に合格しなければならない。はり師・きゅう師の施術は免許のもとに行われる治療法だ。
 
「ここかな……えいっ……と」
体の様子に合わせながら、先生は打つ鍼の場所・時間・強さ等を変えていく。
鍼灸院で使われる鍼の太さは髪の毛と同程度のため基本的に痛みはない。
しかし、ここぞという要の場所に鍼を刺された時は「ずーーーん」と体の奥深くまで響くような鈍い痛みが襲ってくる。患者が「ずーーーん」を感じるとそれは先生の手先にも伝わるようだ。
先生は顔色を変えず「あぁ効いてるな」と呟く。
ベッドにうつ伏せになり首筋にお灸を据えられたり、仰向けになってお腹や足に鍼を打たれたりした。来院からものの20分ほどで全ての治療が終了した。
 
「かなり消耗していましたね。これで少しは抜けやすくなると思います」
 
鍼灸を経験する前は鍼やお灸には即効性を期待していなかった私だが意外とそうでもない。今回も例外ではなく、午前中サラサラサラサラ澄んだ小川のように流れていた鼻水が止まった。「へそくり」を有意義に使えたような気持ちになってルンルンが増した私は無事帰路についた。そして、その晩は鼻水とくしゃみの症状が軽減され、よく眠れた。
 
黒帽子・黒マントという出で立ちでこそないものの、注射や薬を使わず患者の痛みや辛さを解き放ってくれるその姿はまるで魔術師のようだ。アングラな世界ゆえ、むやみやたらに鍼灸院を人におすすめしたことは無い。だが、私にはなくてはならない存在だ。トランプのジョーカーみたいに時として最高の切り札になってくれる。
 
これからも心身の不調を感じた時、眼鏡の魔術師に会いに行く事は到底やめられそうにない。
 
 
 
 
***
 
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2021-07-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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