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好きだったけど、「好きだ」と言えなかった男の子との夏の思い出


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田辺なつほ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「なあ、靴投げしようぜ!」
ある夏の日、たらりと汗がこめかみをつたう。蝉がわんわん鳴いている。
ブランコに座っていた隣の私に向かって、くったくない笑顔が向けられた。
「……う、うん! やろう!」暑さのせいで何を言われたのか考えるまでに時間がかかった。
それから、あまりにも彼の顔がかっこよかった。私の心臓が、とくん、と鳴る。おーし、やるぞー、と彼の声が続く。
 
私はきっと、夏がくるたびにこの思い出を懐かしむ。
小学生のような遊び、公園で靴投げをした大学生のあの夏を。
好きだったけど、「好きだ」と言えなかった男の子に言われた、蒸された夏の匂いのする思い出。
 
彼と出会ったのは今から5年前。ああ、5年も前のことなんだ、と書いていて思う。
時間とは、水だ。流れ続けるその一瞬を、掬い取って飲み干す、それが思い出になる。
私たちは、掬えた水のことしか覚えていないけれど、流れ続けた確かな水量が私たちを大人にした。
出会った日は、私にとってはまだつい昨日のことのように感じられる。
 
私の入っていたグループに彼がやってきたのは、大学1年生の中盤。
グループで存在感のあるカリスマ的先輩が、別グループから彼を連れてきた。
連れられるようにして現れた彼は、人見知りなのか、最初あんまり喋らなかった。
けれど、先輩が「こいつはさあ」と紹介する言葉に照れたように笑う彼。
私からみた第一印象は、「みんなに好かれそうだな」だった。
存在感のある先輩が連れてきた、目をかけていた、というのが大きかったかもしれない。
誰もが「あの先輩がいうんだから」というような無意識の期待値を彼に持っていた。
 
だんだんと打ち解けていった彼は、みんなの期待を裏切るどころかハードルをひょいひょいと超えるように軽々と一躍人気者になった。
 
まず彼は、はんぱなく面白い人だった。抜群な笑顔センスを持ち合わせていた。
その場のなにもかもを笑いに変えてしまう能力の持ち主。
それは、「自分ってめちゃくちゃ面白いな」と錯覚まで起きるぐらいだった。
お笑いが好き、とは言っていたけれど、好き、だけではできないトーク力や観察力、ボケ、ツッコミに誰もが虜になった。
 
さらに、許容範囲の広さがはんぱなかった。彼は、なにもかもを「気にしない」性格だった。
例えば、服装。Tシャツにグレーのスウェット、が彼の一張羅。「楽なんだよね」と笑っていた。
都心の真ん中にも、ビルが森のように立ち並ぶオフィス街にも、Tシャツにグレーのスウェット姿でやってきた。
例えば、荷物。実家暮らしの彼は、家に帰るのがめんどくさいから、とリュックにいつもお泊りセットを持っていた。
そのときに一番近くにある友達の家に泊まる。どんな家でも、どんな枕でも一瞬で眠りにつけるらしかった。
例えば、時間。彼は、相手の遅刻、寝坊、すべてに寛容だった。つまりそれは、彼自身がすべてにルーズだった。
「俺に早起きをさせるってことは、犬に日本語を話させるようなものだよ」が彼の口癖だった。
 
みんなが彼の一挙手一投足を求めていた。みんなが彼と話したがった。
熱血的なリーダーシップを持ち合わせているわけでもなければ、内気で内向的なわけでもない。
バッキバキに筋肉質だったわけでもないし、サブカルちっくにギターが弾けるわけでもない。
中肉中背、背は低めで、荷物は多め。お酒は得意だけど、勉強は超苦手。いつも単位の心配をしていた。
 
彼の最大の魅力は、圧倒的に「普通」で「平凡」な人、であることだった。誰もが隣にいきやすい。話しやすい。壁がない。
カリスマ的先輩が連れてきたのはみんなが楽しめるファミレスのような人だった。
 
大学3年生の夏の日。いきさつは忘れてしまったけれど、私と彼はふたりで大学近くの公園にいた。
その公園が集合場所で珍しく彼が早く来たのか。
先に授業が終わった私と彼が、友達の授業が終わるのを待っていたのか。記憶は曖昧だ。
けれど、とにかく暑かった。ブランコに先に乗っていたのは私で、彼が後から隣のブランコに座った。
 
「なあ、靴投げしようぜ!」
突然、彼がそう言って、がしゃん、とブランコを漕ぎ始めた。
夏、太陽、ブランコ、雲一つない空。靴投げ。
「……う、うん! やろう!」
私も彼にならって、がしゃん、とブランコを漕いだ。
俺、あのジャングルジムまで行っちゃうかもなー! と彼が指さした。5メートル以上は離れていた。
私は、あっちの駐輪場まで行くな、と私はそれ以上離れたところを指さした。
せーの、の掛け声で同じタイミングで靴を投げた。宣言した私たちの靴は、目の前に落ちた。
何がおかしいのか、げらげらと一緒に笑った。とくん、とくん、と心臓の音がうるさかった。
靴投げを5回した。まったく同じ結果が5回続いた。げらげらげらげら、私たちは笑った。
世界が暑かった。私の体も熱かった。彼が好きだ、と思った。
その想いを自覚すると、初めて会ったときからそう思っていたような気がした。
書きたかった思い出は、これだけだ。これだけの思い出を私は、今でも忘れられない。
 
そのあとの大学生活も飽きるほど一緒にいて、笑って、くだらないことをした。
でも、結局「好きだ」とは言わなかった。いや、正確には言えなかった。
私は彼が好きだった。たぶん、彼も私のことを「悪くない」と思ってくれていたと思う。
一度だけ、私のことどう? と聞いたことがあって、そのときに「悪くない」と返ってきた。嬉しかった。
だけど、「悪くない」は、どこまでもいっても「悪くない」だけなのだ。
彼は、あの靴投げから3日後に、彼女ができた。ひとつ下の色白で彼のように面白い女の子だった。
それを聞いたとき、言いたいことは言っておかないといけないんだ、ということを学んだ。
きっとあの靴投げの日は、分岐点だった。彼に気持ちを伝えるチャンスだった。
私は、それに気づかないまま、目の前に靴を転がし続けた。
そうして靴の先が向いたほうに進んで、それが今の道になった。
 
人に話したら、甘酸っぱい思い出だね、で済まされてしまいそうだから、未だに誰にも言えずにいる。
私にとってこの思い出は、夏祭りで掬ったアクリル製のジュエルだ。
回る水の中から、今にも破けそうなポイを使って、たった一つ光るジュエルを救いあげた。
たとえそれがアクリル製であったとしても、それは宝箱にいれるべき、宝物のひとつ。
流れていった多くの時間の中で、その思い出だけが光っている。
まったく劇的な出来事ではなく、日常の延長線上の出来事だったけれど、今でも私の胸で光っている。
 
そういうただの日常の思い出が、きっと誰にでもある。すごく喜んだわけでもなく、圧倒的に傷ついたわけでもない。
自分の人生を要約するとしたらはじかれてしまうような思い出。
けれど、人生とは圧倒的にアクリル製のジュエルのほうが多い。もしかしたら今日だってそうかもしれない。
結婚、挫折、優勝、失恋。名前をつけることもできない日常の出来事。
そんなジュエルを集めて、眺めて、思い出して、そうすることで私たちは今日も生きている。
 
 
 
 
***
 
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2021-07-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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