喧嘩はどんどんすべし
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:あこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「お言葉ですが」そう言って私は上司に言い返した。
そう、半年前までの私なら絶対に言えない言葉だった。
私は昔から、思ったことをそのまま人に伝えるのがとても苦手だった。それを大きく加速させたのは、小学生の時に初めて東京から田舎の町へ転校したことだろう。田舎の町では明るく元気に東京弁を喋る女の子はハイカラに見え、すんなりとは受け入れがたい者だったに違いない。明るく元気に東京弁を話す転校生はハイカラに見え、他の女子生徒から反感を買い、仲間外れという洗礼を受けることになる。
人生で初めて経験した挫折であった。思ったことを素直に話していたら嫌われてしまった。元気に目立っていたら妬まれてしまった。幼い私は現状をそんな風にとらえてしまったのだ。
それからというもの、私はひとから嫌われないように自分の意見を持たず多数決で勝つであろう意見を採用するようになっていった。
だから、喧嘩なんてもってのほか。人にNOと言ったり、反対意見を言うのは自分の居場所の喪失を意味していた。
何年もそんな風に生きていると、そのやり方がデフォルトになってしまい、転校する前の素直な自分を忘れてしまった。それでもその時は、私にとってそれがベストだった。
時を経て、私も一端の社会人となった。学生時代の横並び生活とは打って変わって社会に出て働く事の大変さを実感していた。
会社とは、生きていく為に重要な場所であるため、各々が自分の居場所を維持するために頑張っているように見えた。
生きる糧が、ある程度保証されていた学生時代とは違い、生きる糧を守らねばならない社会では、理不尽さを押し付けてくる上司や、手柄を自分のものにしようとする先輩が珍しくなく生息していた。
よく心の中で「ずるしちゃいけないって小さい頃、親に言われなかったのだろうか?」
とか「常識で考えて良心が痛まないのだろうか?」と思っていた。
だが、そんな言葉は言えるはずもなく、何度浮き上がってきても私はその言葉を必死に飲み込んだのである。
心の蓋をしめたまま私は入社3年目に営業部に移動となった。そこは活気があり、我のぶつかり合う人たちがいた。
配属されて驚いたのは、毎日のように言い争いが起きていたことだった。お互いの意見をぶつけ合い、一歩も譲らない様は私には恐ろしくて、ここでやっていけないのではと不安になった。
しかし観察していくうちに、不思議なことに気がついた。彼らは言い合いこそすれども、いったん言い合いが終わると一緒に昼ご飯を食べに行くのである。「今日は肉食うか?」なんて言っている。
私の中の世界では、喧嘩した後は一緒にご飯なんていかないはずなのである。
なんで? さっきまで言い争いをしていたのに一緒にご飯に行けるの?
言い争うくらいの怒りがあるなら、もはや修復不可能なはずなのである。
そしてゲラゲラ笑いながら、昼休みを終えて帰ってくるのである。
私は隣の席の恵子先輩に恐る恐る聞いてみた。
「あの、さっきまであの二人喧嘩してましたよね? どうしてすぐに普通に話せるんですか?」すると先輩が答えた。「喧嘩じゃないよ。意見を言っただけよ。まぁ、喧嘩に見えるかもしれないけどね」
「私にはできないなぁ」と言うと先輩が「喧嘩って悪いことじゃないんだよ。言いたいこと言うから、あんな風にご飯行けるんだよ」と笑って言った。
そんなある日、私は上司から理不尽なお叱りを受けていた。絶対に決まると思われていた案件がキャンセルになったのだ。
向こうの都合でのキャンセルなのだが、私が悪いことになっている。だが、私はすべてを飲み込んでただ「すみません」を繰り返すだけだった。
その後、お昼休みに上司は私に「飯行くか?」と聞いてきた。私はとてもそんな気分にはなれず「今日はお弁当買ってきたのでいいです」と咄嗟に噓をついてしまった。その時、恵子先輩と目が合った。
しばらくすると、恵子先輩が来て言った。「お弁当なんて買ってきてないんでしょ?買いに行くよ」私は恥ずかしくなったが、恵子先輩の後ろをすごすごとついて歩いた。
「うちの営業部はね上司部下関係なく、代々言いたいことを言いあうの。それはね、相手が間違っているから指摘しようと思って言ってるわけじゃないの。ただ、自分の意見を言って相手の意見と擦り合わせてる、そんな感じかな。だからあなたも、さっき言えばよかったのよ、飲み込んだ言葉を」
恵子先輩は、私が言葉を飲み込んだ事わかってたんだ。ちょっと胸が熱くなった。私はもごもごしながら言った。「でも、言ったら自分の居場所がなくなっちゃう気がして」
すると、恵子先輩は私の目を真っ直ぐに見つめてこう言った。
「自分で実験してごらん、飲み込もうとした言葉を言ったら居場所がなくなるかどうかを」
午後になって、そのチャンスはすぐにやって来た。
上司が私を呼んでまた同じことを言い始めた。その時、遠くから恵子先輩の視線を感じた。
どうしよう、飲み込みたい言葉を言ってみたら、どうなるんだろう。言ったら私の居場所はなくなってしまうかも知れない。でもこのまま飲み込んで守った居場所は、心地よい場所なのだろうか? 今、言わなければ、この先もずっと飲み込み人生、決定だよ。そんなの嫌だ! 体の中から喉の蓋を押し上げる得体の知れない力が沸き上がってきた。私は拳をぎゅっと握りしめた。
次の瞬間、勝手に口から言葉が飛び出していた。
「お言葉ですが」
その後は、もうなにがなんだか覚えていない。もうめちゃくちゃに言っていたかもしれない。
言い慣れない私は、感極まって涙まで出てきてしまった。でも、もう止まらない。
泣きながら言い終わったとき、恵子先輩が後ろから背中をさすってくれていたことに気が付いた。まわりに人も集まってきていた。
一番びっくりしたのは、文句を言った上司がニコニコ笑っていたことだ。
「君は自分の意見を飲み込んでしまうから、わざと理不尽な態度をとってみたんだよ。ここは何を言っても安全な場所だってわかって欲しくてね」
私はあっけにとられたが、なんだかおかしくて笑いが込み上げてきた。
なんだ、言いたいこと言っても大丈夫なんだ。長年の喉の蓋が溶けていった。
上司が満面の笑顔で「よし、今日は帰りにみんなで一杯行くか!」と言った。
「はい! 行きます!」真っ先に大きな声で返事をしたのは私だった。
***
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