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音から隔てられた世界で生きる


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記事:ことほぎ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
失うまでは、それが当たり前だと思っていた。
それがないと、どれだけ大変な思いをするか、知らずにいた昨日の自分を呪うほどだ。
 
昨日まで、コミュニケーションの取れていた家族、友人、職場の仲間。
今日の自分には、それができない。誰にもぶつけようのない怒りと悲しさと淋しさで、狂ってしまいそうになっていた。
 
病名は、感音難聴だった。
 
中途失聴には、主に伝音難聴と感音難聴、その両方の混合難聴がある。
 
伝音難聴は、中耳炎等によって、音の伝わりが阻害される難聴だ。神経に障害がないため、補聴器の効果が得やすいと言われている。
 
感音難聴は、突発性難聴やメニエール病などの原因不明のものから、騒音・薬物・ウイルス・加齢といった原因によるものまでさまざまだ。神経に障害があるため、音を明瞭に区別できないなどの特徴がある。そのため、補聴器をつけても、聞き間違いや聞き落としが多くなってしまう。
 
体調でも変わる聞こえ方。音は聞こえないのに鳴り響く耳鳴り……。
 
聴者は、何の配慮もなく、早口で話しかけてくる。昨日まで聞こえていた人間が、今日は聞こえない人間になっていることなど想像もせずに……。
 
時に理不尽な扱いも受ける。
 
補聴器をつけていれば、聞こえているものだと思い込み、これまた無配慮な声掛けをしてくる。声掛けに気づかないと、無視しているのかと、いきなり腕をつかまれ、方向転換させられる。
 
ある時は、警察官に、「自転車に乗る時はイヤホンを外すように」と?られた。
 
そう、聴覚障害は、目には見えない障害なのだ。
 
聴覚障害者には、手話を母語として育った「ろう者」と音声言語を獲得した後に障害者となった「中途失聴者」」がいる。
 
手話ネイティブの「ろう者」と手話非ネイティブの「中途失聴者」という構図だ。
 
この構図、何かに似ていないだろうか。
 
そう、日本人と外国人の構図だ。
 
現在、技能実習制度や特定技能制度等によって、多くの外国人労働者が日本で働いている。日本語教育が制度のカリキュラムに組み込まれていようとも、ネイティブ並みに話せるようになるのは至難の業だ。
 
外国人労働者に限ったことではない。日本と海外を行き来する子どもの中には、日本語と外国語の両方がまともにできないダブルリミテッド・バイリンガルの子どもがいる。
 
一般に、生活言語(BICS (Basic Interpersonal Communication Skills))は、「聞くこと」と「話すこと」が中心で、2年ほどで習得できると言われている。
 
その反対に、学習言語(CALP (Cognitive Academic Language Proficiency))は、「読むこと」・「書くこと」・「聞くこと」・「話すこと」の4技能が必要で、習得に5年~7年かかると言われている。
 
海外の行き来が頻繁な場合、言語の習得がままならず、コミュニケーションに支障をきたすことから、アイデンティティの喪失をも招く場合もある。
 
中途失聴者は、「聞こえる世界」から「聞こえない世界」に移住し、手話を操れる「ろう者」と音声言語を操れる「聴者」、どちらにもなれないジレンマに苦しむ。
 
さながら、外国人が日本に来て、日本語堪能な外国人にも日本語ネイティブにもなれず、ジレンマを抱えているようなものだ。
 
もちろん、「ろう者」とて、悩みがないわけではない。手話コミュニケーションには支障がなくても、日本語の読み書きが得意でない場合があるからだ。
 
子どもと成人でも状況は異なる。
 
中途失聴になった時期が初等教育や中等教育段階だった場合、ダブルリミテッド・バイリンガルと同様に、進学に支障をきたすことがある。
 
成人の場合は、就職・昇進・結婚というさまざまなライフイベント場面でつまずくことが多い。就職では、どんなに筆記試験で優秀な成績をとろうとも、音声言語によるコミュニケーションが取れないというそれだけで、面接に通らないことがある。昇進や結婚が間近だった場合、容赦なく、取消や破談になったりもする。
 
こうして、音から隔てられた世界の住人は、聴者がつくる音のある世界から隔てられてしまうのだ。「音が聞こえないだけ」なのに、できることはたくさんあるのに、能力全体が低く捉えられてしまう。
 
そのため、中途失聴者の中には、できたことができなくなった失意から、精神障害を患うなど、二次障害を引き起こす場合もある。
 
文字がない言語はあれど、音声がない言語はない。
 
あらゆる情報が、音声言語中心に発信されている。
 
「電光掲示板があるじゃないか」、「テレビには字幕があるじゃないか」、「筆談すれば事は足りるだろう」などという声が聞こえてきそうだが、傍目から見ているほど、「音から隔てられた世界」は甘くない。
 
電光掲示板も、緊急情報の全てが表示されるわけではない。
テレビも、字幕がCMに切り替わるとともに途切れ、肝心な最後の内容がわからない場合がある。
筆談も、要約筆記者のように慣れている人であればいいが、そうでない場合は、時間ばかりかかってしまう。筆記用具がない場合、手のひらを指でなぞる方法もあるが、このコロナ禍にあっては、それも憚られる。
最近は、みんなマスクをしているため、読話もできない。
 
共生社会・多文化共生社会・地域共生社会という言葉をよく耳にする。今流行りのSDGsでは、「誰一人取り残さない社会」などという言葉が使われている。どの言葉も、内容を聞けば、それはそれは素晴らしい魅力的で理想的な社会だ。
 
だがしかし、聴覚障害者の現状だけとってみても、1975年に刊行された「音から隔てられて」(岩波新書)の状況から本質的な改善はみられないように感じている。
 
もちろん、現在までの間に、中途失聴者・難聴者運動があり、さまざまな団体ができ、手話通訳や要約筆記が公的な制度の下、聴覚障害者の権利保障として位置づけられてはきた。
 
それでも、当事者の実感として「生きづらさ」が変わらないのは、障害者を取り囲む人々のマインドが、40年前と変わらないからだと思わずにはいられない。
 
我々は、聴者が何気なくできることを、聴覚補償と権利保障の力を借りて、何の不快さも感じずに生きられることを望んでいる。それは決してわがままではないはずだ。
 
美辞麗句ではない、血の通った行動を待ち望んでいる。
 
どうか想像力を働かせてほしい。自分たちができることをできない人が、どのようなことで悩み、苦しみ、どのようなことを望んでいるのか。
 
聖人君子のように、四六時中、他者や世界のことを考えてくれと言っているのではない。
 
また、助けられる側に成り下がろうというのでもない。できることは、きっちりやっていく。
 
まずは、「知ること」からはじめてほしい。障害者に限らず、多様な世界と文化をもつ人々がいることを。そして、いつ自分が、その立場になってもおかしくないということを。
 
 
 
 
***
 
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2021-07-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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