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せんべい依存症が連れてきたものは


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:青野まみこ(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
大好きなおせんべいを断ってから、半月が過ぎた。
 
おやつの中で何が一番好きかと聞かれたら、ケーキでもなく果物でもなく和菓子でもなくスナック菓子でもなく、迷うことなくおせんべいと答える。
恥ずかしい話、おせんべいを口にしない日の方がたぶん人生で少ないんじゃないかと思うくらいだ。
 
そこまで好きなものをどうして断とうと思ったのか。それは医師が放った、たった一言のせいだった。
 
「あなたも、年貢の納め時なんじゃないですかね」

 

 

 

私が無類のせんべい好きになったのは、平成元年に亡くなった祖母のせいである。
 
祖母とは同居しており、私をとても可愛がってくれた。
私も祖母によくなついた。どちらかといえば怖い父や母と一緒にいるよりも、いつも祖母の割烹着の袖を引っ張っていたような子だった。おばあちゃんといれば何でも言うことを聞いてもらえる。優しくしてくれる。私は自分が逃げこむ場所をきちんとわかっていたのだった。
 
今思うに、祖母は、私に人生の転機になるくらいな影響をいろいろと仕込んでくれていたように思う。
その1つが、おせんべいだった。
 
まだ幼稚園にあがる前くらいだろうか。
祖母が買ってきてくれたおやつが衝撃的に美味しかったのだ。
 
「おばあちゃん、これおいしい!」
「そう、よかったね。また買ってきてあげるよ」
 
それは、太子堂という菓子屋のおせんべいだった。私の記憶が確かならば、そのおせんべいは「はちみつ揚げ」と「ピーせん」だ。
「はちみつ揚げ」は細長くて甘辛く揚げたおせんべいだ。そして「ピーせん」とは「ピーナッツのおせんべい」のことで、もち米にピーナッツを入れた生地を油で揚げている。今でこそピーせんはいろいろな味がつけられているし、身近なコンビニでも売られているけど、私が食べた太子堂のピーせんを超えるピーせんは世の中にないと信じているくらい、旨かったのだった。今、太子堂のお菓子のラインナップに残っているかはわからないけど、幼い私はすっかり太子堂のおせんべいのとりこになってしまった。太子堂は家の近所に支店があって、はちみつ揚げとピーせん以外のおせんべいも本当に美味しかったから、祖母に日替わりで買ってきてもらっていたくらいだった。

 

 

 

こうして私の好物の原点は、祖母が運んできてくれた。
子どものころは周りの大人が買ってきてくれたけど、小遣いをもらうようになると自分で好きな味のおせんべいを買うようになった。太子堂のおせんべいも美味しいけど、世の中には同じくらいに、そしてさらにもっと美味しいおせんべいもある。大きくなって世の中を知っていくと、自分の好みの味も広がるのだった。
 
長年食べてきて、自分が好きなせんべいの特徴がだんだんわかってきた。それは、
固い > 柔らかい
しょっぱい > 甘い
醤油系 = サラダ味系
という構図だ。
 
上の好みを総合すると、私が好きなおせんべいは、草加せんべいのように醤油味がしみていて固くてバリっとしたもの、サラダせんべいのような軽くてしょっぱいものに二分される。どちらも甲乙つけがたいくらい好きだし、目がないのだ。そういう嗜好が、いい大人の今になるまで続いてしまっている。
 
そこから時は過ぎ、私は大人になってスーパーに買い物に行くと、いつの間にかカートに好みのおせんべいを何となく入れるようになってしまった。いけないなあと思いつつもついつい買ってしまうのだった。もしその金額を使わずに貯金したら、累積額は一体いくらになるのだろう? もしかしたら軽く車の1台や2台くらい買えてしまったかもしれない金額だったらどうしよう! そんな危機感を覚える額のような気もする。

 

 

 

2018年の暮れに病気が見つかって1つ目の大学病院にかかったのが2年半前。その治療をしながら、さらに別の病気が見つかって2つ目の大学病院にもお世話になっている。その2つ目の大学病院の中で、さらに別の科にもかかることになった。
 
こうして書き出すと結構情けない。
どれも重篤ではなく日常生活に支障はないのに、いつの間にこうなった? 自分まるで病気のデパートじゃん、と思う。
要するに生活習慣がなせる業ということだ。割と平気、動けるし、どこも痛くないし、と、自分好みの生活を続けているといつの間にかこのようになってしまう。
 
これまでいろんな人にいろんな忠告を受けてきた。
 
「もっと運動した方がいいんじゃないか」
「食べるものを気を付けた方がいいんじゃないか」
 
こうして言葉にして言ってくれる人はたくさんいたけど、私は「はいはい、はーい!」と返事だけはいいものの、結果的に右から左へと聞き流していた。皆さんのアドバイスは、いつしか心地よいBGMと化していたのだった。
 
2つ目の大学病院は、最初は内科でかかっていた。それが健診の結果で引っかかったところがあるんですと内科の医師に相談したら、「では外科にもかかってください」と言われてしまった。
 
外科では腹部超音波検査やMRIも行い、そこで1つ所見があった。そしてその原因は、長年にわたっておせんべいを多く食べたことによって炭水化物が過剰に摂取されたからと遠回しに言われてしまう。
ああ、皆さんのアドバイスをもっと聞いていればよかったのに、とは思うものの、こういう事態にならないと自分のこととは思えないのが人の常ではないだろうか。
 
なんでこんなに毎回おせんべいを食べたくなるんだろう? と考えながら思ったことは「これも一種の依存症」ということだ。
人は何かに満たされないから他のもので満たそうとする。それがある人は酒であり、別の人は甘いものであり、また別の人はたばこだったりもする。また食べ物ではなく、ギャンブルなどの行動に依存することだってある。私の場合は、たぶん「せんべい依存症」なのだろう。「過ぎたるは及ばざるが如し」と言うが、何かに依存する人は当然ながら偏りが出てくる。その偏ったもののしわ寄せが、臓器に行くという循環になっている。

 

 

 

「このままだともし手術するにもできないから、まずは身体の状況をよくしてください」と医師に引導を渡されてから約半月が経った。私は食べ物のカロリー計算をして、運動をして身体の代謝を上げることを厳命された。そうすればいろいろな数値もよくなるはずですと言われてしまったからには、やるしかない。おしりに火がついてボーボー燃え盛りだしてからようやく動き始めたのだった。
 
カロリー計算はまあいいとして、問題は運動である。
スポーツを改めて始めようとしても、ジムは1度通って続かなかったからなるべく通いたくないし、いきなり新しいことをしても身体がなじまないような気がするのだ。そこで思いついたのが、周りでも「歩いていたら身体の調子が良くなった」人が多かったので、「それじゃ私も歩こうかな」と安易に取り組むことにしたのだった。
 
取り組み始めたはいいけど、なんせ時期が真夏の最高気温35度の酷暑だった。
朝自宅の近くを歩いていても、すぐ汗が噴き出すし、なんせ身体がキツい。朝の7時になるともう気温は30度を超えてしまう。長時間歩くことがとても難しいし、途中で倒れても誰も迎えに来てくれない。でもやらなきゃなあ。そんな気持ちのはざまで困ってもいた。第一、家の近くは中途半端な田舎なので、歩いていても景色が田んぼとか畑とか、国道のファミレスばかりでつまらないのだ。
 
どうすればいいのだろう。考えた挙句、地元じゃなくて職場に行く途中で歩いたらどうか? と結論を出した。
職場は、最寄駅からバスでいくつか乗らないといけない中途半端なところにある。駅チカではないのでいつも歩くのが億劫で、バスに乗ってしまっているけど、その距離を減らして歩いてみようと思ったのだった。職場の前にあるバス停から2つ手前で降りて歩いてみた。しかし歩数が稼げないし、とにかく暑さで仕事に就く前にバテてしまう。
 
歩数を稼ぎたいのなら、長く歩くしかない。通勤は新宿駅まで出るので、それでは思い切って新宿駅から職場まで歩いたらどうなるか? 試してみようと決心したのだった。
調べると歩けない距離ではないけど、1時間以上はかかる。でも新宿駅から電車とバスに乗っても絶対に30分はかかるから、その倍と思えばいけるんじゃない? 結構安易にスタートすることにした。
 
朝の新宿駅は人は少ないけど、ゴールデン街や歌舞伎町で夜明かししたお兄さんお姉さんたちもいっぱい出てくる。サラリーマンと遊び人が同居する街というのも、ちょっとおっかないけどそのギャップが面白い。
駅前を抜けてどんどん歩いていく。街道は平坦なので歩きやすい。実は子どものころに実家から新宿駅まで自転車で行ったことがある。当時はなんて長いんだろう、疲れると思ったけど、今そこを歩くと、周りの景色も珍しいし、歩いていて面白いのだ。風変わりなお店や雑踏を抜けると適度に緑もある街は、変化していて歩いていて飽きないのだ。
 
歩くこと30分、靴擦れができて絆創膏を貼ったり、水を飲んだりしながら、最後の坂道にやってきた。ここは勾配が急で、頂上まで昇りきると4階建ての建物を登るのと同じくらいの胸突坂だ。心臓がバクバクいいながらも上がりきって振り返ると新宿の高層ビルが見えている。
 
「こんなところまで、登っちゃったんだ!」
 
子どものように嬉しくなった。達成感があるのだ。
 
せんべい依存症から抜け出すために始めたウォーキングだけど、これが数か月後にどういう結果になるのかはまだ未知数だ。しかし、予防のために始めたことが思いもよらぬ爽快感をもたらしてくれる。こんなに歩いたんだという自信もつけてくれるなら、続けてみようかな? と、三日坊主を何回も繰り返してきた私が思うのだ。さて、どこまで続くかな。自分でもお楽しみである。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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