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全てはデブが原因なのだと信じていた


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記事:蔵本貴文(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
自分がモテないこと、運動神経が鈍いこと、積極的にコミュニケーションがとれないこと、それは全てデブが原因なのだと信じていた。
 
だから、痩せさえすれば、全ては変わるのだと。
でも、それは幻想だった。痩せてみて、さらに酷い現実を知ることになった。
もしかしたら、デブのままの方が幸せだったのかもしれない。
 
 
身長169cm、体重85キロ、BMI 29.8、これが私の中3の時の体格だ。
まあ、デブである。お世辞でも普通ということはできない。
 
幼少期は好き嫌いが多いし食も細く、普通の体格だったらしい。でも、小学三年生くらいから、給食のせいもあるのか、好き嫌いが少なくなった。そして、何でもガツガツ食べるようになり、どんどん太っていったのだ。
 
5年生くらいからは、自分は完全にデブのカテゴリにいることを認識していた。
走るのも遅いし、ドッジボールも下手、運動に苦手意識ができてしまって、遊びといえばファミコンでゲームをしていた記憶しかない。
 
中学になって部活を始め、ある程度の運動をするようになった。だから、デブカテゴリを卒業できるかと思えば、全然そうではなかった。というのも、食べる量がそれ以上に増えていったのだ。
 
 
中3の夏休み前の大会で、部活は終わる。それから受験勉強を始めることになる。つまり、運動量が落ちるのだ。しかしながら、自分の食欲は全く変わらず、しかも勉強でも腹は減るものだから、さらに体重が増えていった。
 
夏休み後のことだった。担任の先生が「あっ、また一段と……」と言いながら、手を横にやるしぐさをする。最初は何を言っているのかわからなかったが、どうやら太ったと言いたいらしい。女子に行ったら問題発言なのだろうが、男子なら問題ない。
 
別に私も傷つきもしなかった。
「まあ、ごはんもおやつもたくさん食べましたから」とでも、普通に答えたのだと思う。
 
 
当時の私は完全にゲームおたくだった。
多少の勉強時間以外は、すべてゲームに費やしていた記憶がある。
 
運動は大嫌いだ。会話もそんなに得意ではない。今でいう「陰キャラ」である。休み時間は教室の隅にいるタイプだった。自分に自信がなく、いつも下を見ながら歩いていた。完全な猫背である。
ゲーム友達はいたが、みんな自分と同じようなキャラ。スクールカーストという言葉を使えば、最下位に位置するのは間違いない。
 
もちろん、そんな男、モテるわけがない。恋愛なんか想像もつかなかった。女子に普通に話しかけることさえできなかった。
 
 
でも、その頃には希望があった。運動はダメだが、勉強は多少できたので、地区で一番レベルの高い高校が狙える位置にいたのだ。
 
だから、その高校に合格さえすれば、全てが変わると信じていた。自分が生まれ変われるかのように考えていた。
 
楽しい学校生活、気の合う陽キャラの友達、楽しい部活、充実した授業、そして……、可愛い彼女。
その高校に入れば、そんな学校生活がやってくると信じていた。
 
 
そして、中3の3月、私はその学校に合格することができた。
「これで、これで、僕は変われる」最高のチケットを手にしたと感じた。
 
しかし、想像と現実はあまりにもかけ離れていた。
実際のところ、何も変わらなかったのだ。というか、中学の時より状況が悪くなっていた。
 
相変わらず自分は陰キャラ、クラスの中心にいるようなグループには入ることができない。やはり、スクールカーストでは最下層である。
 
昔はゲームオタク仲間がいたが、そいつらはもういない。大好きだったゲームすらもやらなくなってしまった。世の中で「楽しい」と感じられるものがなく、無趣味になった。
部活も雰囲気が合わずにすぐにやめてしまったし、勉強が多少できたといっても、それは進学校の中では普通レベルがやっとだった。
 
もちろん彼女なんてできない。というか、女の子に話しかけることすらできなかった。女の子と事務的な会話をする時でも、相手はイヤそうな表情だった。
いや、今思えば、これが間違いだったのだ。恐らく、自分みたいな奴と話していてもイヤなのだろうと、自分の脳内で変換したのだろう。そして、そんな雰囲気を出していては、実際イヤな気持ちにもなる。思いが現実になるのだ。
 
こんな、灰色の高校生活が1年くらい続いた。勉強は少ししていたので、成績だけは少しは良い方向に向かっていた。しかし、生きている実感が無かった。その頃、私の世界には楽しいことが何も無かったのだ。
 
 
なぜ、こうなってしまったのだろう、考えてみた。
その考えの末にある結論にたどり着いた。
自分がデブなのが悪いのである。自分がデブだから、自分に自信も持てないし、クラスの中心にいる陽キャラ達には相手にされないし、女の子と話すこともできないのだ、と。
 
全てはデブが原因なのだ。そう私は信じていた。
 
それで、痩せることにした。痩せることを決意した。私の高校生活を取り戻すために。
でも、当時は食べることが唯一のストレス発散の手段だった。だから、食べることをやめることはできない。
 
ある時、テレビを見ていて、ガリガリに痩せている女性がでてきた。
それこそ、倒れればすぐに折れてしまいそうである。それはニュースの特集で、拒食症の話だった。
 
しかも、この人は実はたくさん食べる。でも、ガリガリに痩せているのだ。その秘密は食べたら全部吐いてしまうということ。
 
何か、素晴らしいものを知った気がした。そうか、食べても全部吐けば太らない。その手があるのかと。
とりあえず、食べたものを吐くようにすれば良いのだ。そうすれば食べながら痩せられる。
 
もちろん、このテレビの特集の中で健康に影響を及ぼす話もしていた。でも、痩せるのは難しいけど、太るのは簡単だ。痩せすぎたら、あとでどうにでもなるだろうと高をくくっていた。
 
そこから、食べたものを吐くことを始めた。
どんどん体重は減っていった。80キロを超えていた体重が、75キロになり、ついに60キロ台になった。バンザイだ。久しぶりに会う人から「やせたね」と声をかけられるのが、最高に嬉しかった。
 
しかし、まだまだ不安である。これをやめたらすぐに元に戻るのではないか。
だから、そこからも食べ物を吐くことはやめなかった。そんなことを続けて、最終的に半年ほどかけて、65キロほどまで体重を落とすことができた。
 
身長169cm、体重65キロ、BMI 22.8、標準である。いよいよ念願だった標準体型になったのだ。
 
しかし、良い事ばかりでもなかった。食べ物を吐いていたため、胃液が口に逆流する。だから、歯がボロボロになってしまった。普通に食事をしていて、歯が割れる。ほとんど全ての奥歯は神経を抜かざるを得なかった。その頃はずっと歯医者に通っていた気がする。
 
また、目標体重を達成して、吐くのを止めようとしても、止められなかった。
胃に食べ物を留めておくことしかできない。それまで、頑張って吐いていたのだが、その頃には食べたものが、全部胃から戻ってくるようになっていたのだ。
 
しかし、そんな症状は数か月で落ち着いた。食べ物は普通に食べられるようになった。今思えば、この時、本格的な拒食症になっていなくて本当に良かったと思う。
 
 
そして、標準体型になってみて、世界はどう変わったか……。
私は陽キャラになることができただろうか、彼女を作ることはできただろうか、もちろん答えは否である。
 
どうしても欲しかった標準体型。歯をボロボロにしてまで手に入れた標準体型。それでも私の生活は灰色のままだった。
それで人気者になれるわけではなかった。生きることが楽しくなるわけではなかった。女の子と仲良くなれるわけでもなかった……。
 
「なぜなんだ」と思った。でも、答えは誰も教えてくれなかった。
それまでは、全てはデブが原因なのだと信じていた。
 
でも、デブを克服しても風景が変わらない。自分には何かが足りていないのだ。
その現実に直面してしまった。ある意味、もっと酷いことになった。しかし、結局この時は見て見ぬふりをすることしかできなかった。
 
ただし、減量をやり遂げたということで自信だけは回復していた。それまでのように「俺はデブだから」と色々なことに遠慮することは無くなった。プライドが高くなった。
 
しかし、根本的なことを理解せずに、誇りだけ戻っても、それは単に嫌な奴だ。人を見下すようになってしまったのだ。
太っている人は「努力が足りない、俺は痩せたんだぞ」と思いっきりバカにしていたし、唯一のとりえである勉強で自分のことをひけらかした。
どんどんこじらせていった。本当にイヤな奴だったと思う。
 
 
結局、高校3年間は暗黒時代だった。今思い返しても、この時代には黒い雲がかかっている。楽しいことは何もなかった。いや、楽しいことがないのではなく、楽しい事を感じる力が完全に退化していたのだ。
 
暗黒時代の最後は、志望校への不合格で終わる。浪人という選択肢もあったが、こんな生活を続けることは耐えられなかった。滑り止めで受けた私立大学への入学を決めた。
 
 
しかし、逆にそれが良かったのだ。
大学受験の最中でも、私は志望する大学に合格すれば、生活はバラ色になると信じていた。
問題なのはデブではないようだったが、その間違いを大学が消し去ってくれると考えていた。
今ならわかるが、ここで志望校に合格していたら、高校と全く同じことを繰り返していたのではないだろうか。だから、落ちて良かったと確信している。
 
 
意気消沈したまま入学した大学、しかしそれが意外に楽しかったのだ。
大学の授業は自由で、自分の好きなことを中心に授業を組むことができる。クラスといった妙なくくりなしに、自分の気が合う人だけと付き合うことができる。そして、バイトやサークルなどの学校を超えた人のつながりもできる。
 
そんな生活をする中で「楽しい」と感じることも出てきた。だんだん、生活に色がついていった。
 
特にバイトは自分を大きく変えてくれた。
それまでの私は、勉強と運動とコミュニケーションくらいしか、人を判断する軸を持っていなかった。しかし、「働く」ということを体験し、また女子高生から孫持ちのおばちゃんまで、新たな人間を知ることにより、どんどん世界が広がっていった。
 
夜中の2時まで働いて、そこから朝まで遊ぶ。
以前はこんな生活をしている人間をバカにしていたと思う。しかし、実際自分が体験してみて、それは楽しいことなんだな、と知ることができた。
 
そんなことを繰り返している中で、自分に笑顔を向けてくれる人がでてきた。そしてそんな人がどんどん増えていった。
全てはデブが原因なんだと信じていた頃は、自分に微笑んでくれる人なんてほとんどいなかった。そして、やはりそれはデブが原因なんだと思っていた。
 
でも、今ならわかる。結局それは、自分が微笑んでいなかったからなのだと。
デブなんだろうが、何だろうが関係ない。人に微笑みかける人は、自分も笑顔を受け取れるし、人をにらむ人は自分もにらみ返されるのだ。
 
今までは、ただ単に自分の悪意が自分に戻ってきていただけだった。変えるべきは自分の内面だったのだ。
 
そして、大学の2年目に、とうとう私にも彼女ができた。その彼女はバイト先で知り合った。
それからの大学生活、彼女のおかげで光輝いてくれた。高校時代には完全に忘れていた「楽しさ」を思い出すことができた。暗黒時代の後に、素晴らしい時代が訪れたのだ。
 
水族館とか、買い物とか、ディズニーランドとか、それまでの自分がバカにしていたところで遊んだ。それは本当に楽しかった。わかっていないのは自分だったようだ。
 
 
ただ、この彼女にしても、もし高校時代に出会っていたら、私なんて相手にされることはなかったはずだ。微笑みかけてもらえることはなかっただろう。
しかし、その理由は「デブだから」ではないのである。全てはデブが原因なんだと信じていた自分は間違えていた。必要なのは、自分の内面を見直すことだったのだ。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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