メディアグランプリ

誰もいなくなったその先に待っていたものは、思っていたものとは違っていた。


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記事:もちだみお(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
息子から一通のメールが来た。
「配属先、H県になった」
 
その日は、新型コロナ感染症が蔓延したために新入社員教育が全てオンラインになったため、入社してからずっと自宅で研修を受けていた息子の、配属先の発表の日だった。
私は、朝から普通に働きに出ていたのだが、やはり配属先が気になっていて、なんとなく落ち着かない時間を過ごしていた。そこに、配属先が決まったと、メールが来たのだ。
 
息子は、地元地域配属の予定で入社していたので、近ければ隣市、遠くても隣県のはず。なので、そんなに遠くに行くとは思っていなかったのだ。私も、息子も。
それが、蓋を開けてみれば、隣の隣の隣の隣の県。地元地域と違うやん! 遠いやん!
 
配属が決まってからは、バタバタである。
引越しまでに一週間程度しかなく、準備に追われた。
住むところは会社が準備してくれるので、そこに入れる家具家電を買いに、数日が潰れる。幸いというのだろうか、その時にいただけた一人当たり十万円の特別定額給付金で、色々賄うことができた。ありがたかった。(が、夫の分も自分の分も息子に使うのは少々理不尽な気がした)
「俺がおらんくなったら、おかん、大丈夫か?」
一丁前に心配してくる息子に
「大丈夫に決まってるやん」と、笑って答えた。
 
引越し当日は、仕事が休みだったこともあって、引っ越しの手伝いに行った。
新幹線と在来線を乗り継いで四時間ほどかけて行った。思い出話が尽きなかった。
生まれる時、陣痛が始まってから一度引っ込んでしまい、一晩中分娩台の上に寝かされてて辛かったこと。保育園の頃、お迎えに行ったら嬉しそうな顔をして石を食べていたこと。小学生の頃、担任の先生に反抗して「俺、退学になるかもしれん」とこの世の終わりのような顔をして帰ってきた息子を見て、笑いを噛み殺すのに苦労したこと。
息子からは、高校生の頃に行ったワルい事を色々聞かされた。知っているようで知らなかった息子がいて、驚いた。
 
新居について、掃除をしたり、近くにある店をチェックしたり、届いた荷物を解いたりしていたら、あっという間に半日が過ぎ、帰る時間がやってきた。
 
「じゃあね。元気で頑張るんだよ」
「うん。おかんも気をつけて帰んなよ」
 
さらっと挨拶を交わし、ホームで電車を待っていた時、突然淋しくなった。
 
ああ、今日から私は一人で生活するんだ……。
 
昔々、親から独立するときに感じた「未来への高揚感」付きの一抹の淋しさ、ではない。
みんなが自分から離れていってしまう、残されたものの淋しさである。
 
夫はもう二十年以上単身赴任をしている。娘は、すでに結婚して家を出ている。
あの家で、私は一人なんだ。みんな出ていってしまった。
ひしひしと、そんな思いが込み上がってきて、泣きそうになった。
 
二十年以上、今の家で子どもたちと過ごした。成人していく過程で、楽しいだけではなくて、さまざまな問題を引き起こしてくれた子どもたち。毎日毎日、ぎゃあぎゃあと楽しく過ごした、私の家。
この家で、もう笑い声も泣き声も、喧嘩の声も聞こえなくなるのだ。
家族で一緒に暮らしていた家に一人取り残される、この喪失感……。
 
帰りの新幹線の中で、数人の親しい友人に「淋しい」とメールを打った。友人たちからは、「羨ましい」と返信がきた。羨ましい事なんて、あるものか!
 
誰もいない自宅に帰り、「これからは一人」という気持ちを噛み締めた。
 
それからというもの、会う人会う人に「淋しい」と言い続けた。まさか、自分がこんなに淋しい思いをするとは思っていなかった、と。私からぐちぐちと気持ちを聞かされた人たちは「大丈夫? 頑張って!」と優しく慰めてくれた。
 
ところが、である。
傷心を抱えて一週間たち、二週間たった頃、「あれ?」と思った。
あれ? なんか、とってもラク?
そう、私は気が付いてしまったのだ。
 
「おひとり様って、とってもラクなんだ!」
 
出かける時、誰にも何も言わずに出かけられる。「どこに行く、何時に帰る」と伝える必要がない。
誰かが晩ごはんがいるかどうか、気にする必要がなく、時間を気にする必要もない。むしろ、準備しなくても大丈夫。冷蔵庫にあるものを適当につまめばいいし、外に食べに行ってもいいし、デリバリーを頼んでもいい。誰にも文句を言われない。
酔っぱらって、家の中のどこで寝てもブツブツ言われない。リビングでテレビを見ながら寝落ちしても、起こされない。朝起きる時間も、もちろん自分の都合だけで決められる。
用を足すときトイレのドアは開けっぱなしだし、お風呂からは真っ裸で出られる。なんと開放感あふれることか。
テレビのチャンネル権は私のもの。映画も自分の好きなものが見られる。
何をするにも私の好きなように、好きなタイミングでできる!
ああ、この家の主は私だ!
 
あの日、帰りの新幹線で私に「羨ましい」とメールを返してきた友人たちに言いたい!
「ふふん、羨ましいだろう!」
 
この世の終わりのような淋しさから、一転、この世は私のためにある! くらい楽しくなってきた。ひとりって、なんて楽ちんなんだろう!
 
以前にもまして生き生きとしはじめたらしい私に、「あんなに淋しい、淋しいって言ってたくせに……」と、友人たちは皆呆れ顔だった。そして皆、口を揃えて「羨ましい」と言った。そうか。おかあさんたちは、家族の世話から解放されてひとりになりたいんだな。
 
もしも、子どもが独立すると淋しいのではないか、と思っている方がいらっしゃったら、私は声を大にして言いたい。
 
「おひとり様って、とっても楽ちんよ!」
 
 
 
 
***
 
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2021-09-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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