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私はママをやめることにした


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記事:吉田けい(ライティング・ゼミ 超通信コース)
 
 
4歳の息子が煩わしい。
 
疎ましいとか愛情がないとかそういう深刻な状況ではない。可愛い可愛い息子なのだが、何かにつけてママままママまま纏わりついてくるのでそれが煩わしいのだ。一緒に遊ぼう、一緒にお風呂に入ろう、一緒にお買い物に行こう。幼稚園はママと行く! 幼稚園行きたくない、お家でママと遊ぶ! パパはやだ、ママがいい! 大人が同じように一人の人間にここまで執着したら異様に見えるに違いない。そんな事態をただ微笑ましい光景に変えてしまう、それが母と子供という生き物なのだ。
 
「ねえ、うわーこまったー、っていって」
 
私を一番苛立たせるのは、息子と遊ぶことだった。ごはんを食べないとごねることでも、風呂に入りたがらないことでも、スマホやNintendo Switchを決めた時間を過ぎてもしれっとやり続けていることでもなかった。可愛い可愛い息子と遊ぶのが何より苦痛で仕方がない。他のことなら、食事なり風呂なりそれぞれ正解があり、それを息子にも伝えている。それを守らないから叱っているのだ。やるべきことをちゃんとやって、息子をまともな人間に育てなければという使命感を心の支えに、息子のワガママをのさばらせるわけにはいかないと心を鬼にして叱るのだ。
 
ところが遊ぶことはどうだろう。息子がスマホやNintendo Switch以外で遊ぶのは歓迎すべきことだ。だが息子はニコニコしながらウルトラマンの怪獣のソフビ人形を私に渡して来る。自分はお気に入りのウルトラマンジードの人形を持って、期待に満ち満ちた眼差しで私を見て来る。
 
「まま、ばろっさせいじんがわるいことして」
「たすけてー、って、いって」
「なんと、おまえはうるとらまんじーど! っていって」
 
どうせ怪獣はウルトラマンにやられるのだから適当でいいだろうと、やる気なくどかーんばきーんとソフビを振り回してばかりいると、息子は業を煮やして台詞の指定と演技指導が始まる。彼の希望するセリフをそのまま私が言い、息子は自分の役をやって、さらに演技指導が入り、自分の台詞を言い……一人二役でソフビを2つ持って1人で遊べば良さそうなのに、息子は頑なにウルトラ人形のどれか1つしか持たず、その人形の台詞しか言わない。かくいう私は右手と左手にソフビを3つずつ、計6つも持たされ、人形一つ一つの台詞を指定され、どこそこでやられると指導され、カッコよく立ち回るジードをほめそやし……あーもうやってられるか1人でやりな! と言いたいのをいつも堪えなければならない。そんな理由で叱るのは流石に理不尽だ。
 
台詞指定と演技指導はウルトラマンごっこだけではない。おままごとでも、ぬいぐるみでも、はたまた生後半年の妹を可愛がる時でも、とにかく息子は私の台詞を指定してくる。
 
「……今日もしんどかったなあ」
 
寝付いた息子を見ながら今日のことを思い返す。やんちゃで元気いっぱいでワガママ放題な息子。仕事をしている時はもっともっと息子が好きなように遊んであげようとスマホの写真に誓っているはずの息子。そのはずなのに、実際に遊び始めると何一つ楽しめてない私。ウルトラマンごっこでなければ私も楽しめるのだろうか? 鬼ごっこやかくれんぼ。折り紙に絵本にプラレール。いろいろな遊びを思い浮かべてみても、どれもこれも台詞を指定される場面しか思い浮かばずにげんなりする。あの台詞指定さえなんとかなればなあ。ママは自分の言うことをなんでも聞いて当然と思ってるんだろうな。かといって、私がやりたいけど息子がやりたくない遊びを無理にやらせたところで、それは息子がしていることと本質的には同じでしかない。
 
「……よし」
 
もう、ママ、やめよう。
 
ふと閃いた言葉は、キラキラと輝きながら私の胸の底に着地した。もう息子の言いなりにはならない。私はもっと自由に遊びたい。なんでも言うことを聞いてくれるママではなくて、友達同士のように、自由に好きな台詞を言いたい!
 
「ゆーたん、ウルトラマンごっこしよう」
「うん!」
 
手始めに声をかけてみると、案の定息子は嬉しそうに近寄ってきた。お気に入りのウルトラマンジードを手に取って、私には怪獣を渡そうとしてくる。
 
「ママ怪獣はやだよ、ママはゼットがいい」
 
別のソフビを手にすると、息子は戸惑って硬直した。私はお構いなしに他の人形も持って、ずらりと一列に並べていく。
 
「さあ、ウルトラオリンピックの決勝戦の始まりです! かけっこで優勝するのは誰でしょうか、よーいどん!」
「……ウルトラオリンピック、ジードが、かつ!!!」
 
息子も慌てて自分のソフビを並べると、でこでことかけっこに参戦してきた。私のしょうもないアナウンスでソフビたちは走り、途中から怪獣が乱入したため急遽レスリングに種目が変更され、すったもんだの末にジードが優勝した。
 
「次はおままごとだ! ゆーたんお店の人ね、ママあっちから来るから、お店の準備してて」
「うん!」
 
こんなに嬉しそうに私と遊ぶ息子を見るのはいつぶりだろう。
 
私自身が小さい頃、親や祖父母にそんな風に言われたら、かえって自分が何をして遊びたいのか分からなくなったものだった。デートの待ち合わせで相手にそんな風に言われたら、憤慨して機嫌を損ねていたものだった。私と遊びたいんでしょ、それなのにノープラン? しょうがないなあ、じゃあ映画でも見て、カフェに行って……そんなデート、大して楽しくもないし、向こうもそんなに楽しそうじゃない。人間関係、相手の言うことを聞いてさえいればいいわけではないのは分かりきっていたことではないか。
 
ママだから遊んであげなきゃ、ママだから息子がやりたいようにしなきゃ。息子がしたい通りに遊ぶよ、何がしたいの? ママはなんでもいいよ。そんなスタンスで遊ぼうと言われても、息子はあまり嬉しくなかっただろう。
 
だから、もう、ママはやめよう。
友達として、私が息子と一緒にやりたいことで遊ぼう。
 
「いらっしゃいませー、ゆーたんの、ごはんやさんでーす」
「あーお腹が空いたなあ、なんだかピザが食べたいなあ」
「ぴざですねー、ありますよー」
 
人間とは自由を渇望する生き物なのだ。
 
「やっぱりお寿司にしてくださーい」
「おすしですねー」
 
私の自由を妨げることを断じて許してはならないのだ。
 
「やっぱりハンバーガーにしてくださーい」
「はんばーがーですねー」
 
例えそれがおままごとであっても!
 
自分のやりたいことを否定されているはずの息子は、目を輝かせて私を見ている。次はどんな言葉が飛び出してくるかと待ち構えて、ソワソワ足踏みまでしているではないか。私が自由に振る舞うことで息子も台詞を作ることから解放されて自由になる。自由と自由でウルトラ自由でウルトラ楽しくなってくる。やることはほとんど同じはずなのに、ママをやめただけでこんなにもワクワク出来ている!
 
これだ、これだよ、遊ぶってさ!
もう二度とママなんてやらないぞ、私は自由だ!!!
 
「ぴざおすしはんばーがーぽてとおむれつでーす!」
 
息子が差し出した、手当たり次第盛りつけた皿を見て、私は大爆笑したのだった。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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