メディアグランプリ

京都に逃げてきて路地に入ったら気付いた事


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西片 あさひ(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
あれは9月の事だった。場所は京都。
たくさんの神社や寺、お土産屋さんが立ち並び、多くの観光客で賑わっていた。
そんな街の中をお構いなしにゆったりと鴨川が流れ、川を挟んだ反対側にも建物や人が連なっている。
京都と聞いて、多くの人がイメージする風景だ。
 
そのなかに、ぽつんと一人。暗い顔で川を眺めている男がいた。
大学2年生の私だ。
 
「せっかく、東京から時間とお金をかけて来たんだから、観光を楽しめばいいのに」
過去の自分にそんな小言を言いたくなる。
もともと、歴史的なものや寺社を見るのが好きな私。
今京都に行ったら、きっと胸がわくわくして堪らないだろう。
しかし、当時は全くその気になれなかった。
 
「あー、これからどうすればいいんだ」
「こっちは一生懸命やっているのに、なんで上手くいかないんだ」
「もう分からない・・・・・・」
壊れたラジカセのように、そんな言葉が頭の中で繰り返し再生された。
 
気付いたら、現実逃避するかのように過去の事を振り返っていた。
 
大学進学を期に、地元である東北地方からはるばる上京してきた私。
生活はそれまでとは一変した。
大学に進学する、ただそのために部活にも入らず勉強漬けだった生活からはおさらば。
さらに一人暮らしという事もあり、「なんで勉強しないの?」、「少しは家事もやりなさい」と言う親の小言をもう聞く事もない。
オリから解き放たれた動物のように、自由を謳歌した。
 
ずっと興味があった歴史学の授業を受け、クラスメート達と時間を忘れて授業の感想や意見について語り合う。
自分が興味を持ったサークルに入って、ひたすら活動に打ち込む。
活動が終わった後はそのメンバー達とゲームセンターに行ったり、飲みに街に繰り出したりする。
夜は遅くまで深夜アニメを見ては、寝たい時に寝る。起きたいときに起きる。
 
楽園のような日々。もう楽しくて楽しくてしょうがなかった。
 
そんな日々が続いた、大学2年生のある日の事。
サークルの友人から、こんな話をされたのだ。
「西片、自動車免許取らない?」
その友人はとても旅行好き。授業やサークル活動の合間を見ては色々な場所に旅行に行っているという人だった。
私もそんな彼とはサークル活動でもプライベートでも、よくつるんでいた。
「免許を取れば、電車とかバスで行けないような場所も旅行しやすくなるじゃん。せっかくだから、教習所に行かない?」
自動車免許を取る。彼と同じく、旅行好きの私にはとても魅力的な提案だった。
自動車免許を持っていれば、全国色々な場所に行けて、行動範囲が広がる。
それに、地元は田舎で電車やバスがほとんど走っていない場所。
地元に帰ったときも、自動車で地元の様々な場所に行く事ができる。
もう、自動車免許を取らない理由がなかった。
友人の提案に乗った私は、一緒に大学の売店にある教習所紹介コーナーに立ち寄った。
そこには、様々な教習所のパンフレットがあった。
表紙には、楽しそうに自動車を運転している人たちの写真がたくさん載っていた。
「私も教習所に行って、自動車免許を取って、たくさん旅行して大学生活をもっと楽しむぞ」
そんな事を思ったのを今でもよく覚えている。
 
友人とどこの教習所にしようかと悩んだ末、選んだのは大学の隣町にある教習所だった。
大学からは自転車でおよそ20分と、そこまで遠くない距離。
なにより、大学の入り口から教習所までの無料送迎バスが出ているくらい、私が通っている大学から多くの学生がその教習所に入っていたので、気持ち的にも安心だった。
 
「うちの大学からもたくさんの人が行っているみたいだし、ここに入ろう!」
「自動車免許を取って旅行にたくさん行くぞ!」
友人とそんな風に話した事を今でもよく覚えている。
 
その後、そのままの足で教習所へ入校の手続きに向かった。
「自動車免許を取りたいので、この教習所に入校したいんですが」
窓口にいるスタッフにそう声をかけた。
「ありがとうございます。それでは、どちらのコースにするかお選びください」
「え、どういう事ですか?」
話によると、コースは大きく二つに分かれているとの事だった。
一つは、オートマ限定の免許を取得できる標準コース。入校した人のほとんどがこちらを選んでいるとの事だった。
もう一つのコースはオプションコース。マニュアル車の自動車免許を取る事ができるというものだった。こちらのコースを選べば、マニュアル車もオートマ車もどちらも運転できるようになる。しかし、教習の難しさも金額も標準コースよりも高い。
どちらにしようか悩んでいると、見かねた友人が言った。
「もし、どっちも興味あるんなら、オプションコースにしたらいいんじゃない?」
たしかにそうだ。
マニュアルもオートマも運転できるなんて、それに越した事ないじゃん。
友人の意見に納得した私は、そのままオプションコースを選択。
せっかく教習所に入るのだから、両方取っておいた方が得になると思ったのだ。
 
そして、入校の日。
送迎車で教習所に向かい、教室に入ると教習所の代表から簡単な挨拶があった。
「はじめまして。当教習所に入校いただきありがとうございます。これから、皆さんには数ヶ月かけて学科教習と技能教習を受けてもらいます」
「人それぞれではありますが、大体生徒の皆さんは2~3ヶ月で卒業する人が多いです。短い時間ではありますがよろしくお願いいたします」
話を聞いた後、思わず武者震いがした。
つい最近まで、田舎で勉強しかやってこなかった私が東京の大学に来て、しかも自動車免許まで取ろうとしている。大人の仲間入りができたような気がして、誇らしい気持ちでいっぱいだったのだ。
しかし、同時に不安にも駆られた。
果たして、3ヶ月で卒業できるのだろうか。
入校の手続きの時には具体的な日程は出なかったので、心配になったのだ。
しかし、紹介パンフレットにこの教習所は「指導が丁寧」と書いてあった事を思い出した。
すると、不安は霧が晴れるようにだんだんと薄くなっていった。
「言われたとおりに確実にこなしていけば大丈夫」
そう思えるようにしたのだ。
だから、まさか京都への逃避行をする事になるとはこの時は思いもしなかった。
 
こうして教習所通いの日々が始まった。
大学の正門前にやってくる送迎車に乗って教習所に向かい、3時間ほど学科教習と技能教習を受ける。
そんな事を週に2~3回のペースで続けた。
 
学科教習は大学の授業と同じような集団スタイルで、ビデオと講師による講義の二本立て。
講義内容は難しく、眠くなる事もしばしば。
しかし、大学の授業に比べれば、急に質問される事も意見を求められる事もないので楽だった。
それにもともと小学校低学年まで道路の標識が好きで、図書室で道路の事が書かれた絵本を読んでいた事もあり、むしろ学科教習は楽しく受ける事ができた。
そのおかげか、家に帰ってからも、繰り返し問題集を解くなど、積極的に勉強に取り組んだ。
「これなら、修了試験は問題なく合格できる」
自分でもそう思えるくらい、学科教習の方は順調だった。
 
しかし、技能教習はまるで正反対。からっきしだった。
何回やっても、全く上手くならないのだ。
ハンドルさばきも、ブレーキの踏み方もいつまでたってもたどたどしいのだ。
「このままだと、修了試験に進むのは難しいですね」
指導員からよく言われた言葉だ。
原因は分かっていた。エンストだ。
私が選んだオプションコースでは技能教習はマニュアル車で実施する。
マニュアル車を運転する際に最初に行わないといけないのが、半クラッチという操作なのだが、その操作が上手くいかずエンストしてしまうのだ。
何度やっても、何日かけても、指導員の人を変えて練習しても、全く上手くいかない。
発進してもすぐに車が止まってしまう。だから、ハンドル操作やブレーキの踏み方といった
他の操作への練習時間が取れなかったのだ。
それに、学科教習と違って家で練習なんてできない。
 
半クラッチ操作ができず、ほとんど他の技能教習に進めない状況がしばらく続いた。
2週間、そして3週間経っても、エンストの嵐。ずっと下手なままの運転。
 
「なんでこんなに進まないんですか?」
「標準コースにするとか、コースの変更も一度考えた方がいいんじゃないですか」
見かねた指導員がそう言ってくるようになった。
辛かった。
なんで、こんなに頑張っているのにひどい事を言うんだ。
能力がないって、私を馬鹿にしているのか。
怒りやら、悔しさやら、悲しさやら、ごった煮の感情が私の頭をこみ上げてくるのが分かった。

 

 

 

その後何日か経って、私はある行動を取った。
その日も午後から技能教習が入っていたが、早朝、教習所に電話をかけた。
「すいません、体調不良なので本日休ませてもらっていいですか」
しかし、体調はどこも悪くない。いたってピンピンしている。
でも、もう心が耐えられなかったのだ。
 
電話が終わると、逃げるように駅に向かった。
そのまま電車に乗り込み、一路西へ。
半日後には、京都の鴨川の河原に座り込んでいた。
教習をサボってしまったのだ。
正直、良心がとがめた。しかし、逃げたくて仕方なかったのだ。
あれだけ、一生懸命やっているのに、全然上手くいかない。
その上、指導員には馬鹿にされる。
このままだと2~3ヶ月どころか教習所を卒業できないじゃん。
自動車免許なんて夢のまた夢なんじゃないの?
もう一人の自分がなじってくる。
 
教習所に通う自信がなくなっていた。
しかし、教習所の授業料は親に払ってもらっていたから、簡単に辞める訳にもいかない。
「もうどうすればいいんだよ・・・・・・」
焦りばかり募って、まったく解決の方法が思い浮かばない。
答えを出せず、堂々巡りの時間がしばらく続いた。
数時間が経った。着いた時よりも太陽が高く上がっている。飲食店に入っていく人の数も目に見えて多くなってきた。
お昼の時間だ。
いつまでも午前中から一歩も動かずぼーっとしている自分がなんだか惨めになってきた。
それに、ずっと頭を使っていたからか、なんだかお腹もすいてきた。
腹が減っては戦はおろか、悩む事もままならない。
 
「まずは昼ごはんでも食べるか」
河原から上がって、飲食店を向かう事にした。
堤防の場所まで登ってくると、そこは大通り。
目の前の歩道は人の多さで歩道のタイルが見えないくらい混んでいた。
「京都のまちなかで、しかもお昼時だもんな」と思いながら、その光景を見ていた。
すると、ある人たちが目に留まった。混んでいるのを尻目に、スイスイと通り過ぎていく光景を目にしたのだ。
大通りから路地に入っていく人たちだった。
たしかに、こちらなら渋滞せず、昼ごはんにありつける。
そう思い、私も路地に入ってみた。
人だかりはほとんどなく、スイスイと進めた。その結果、もう午後2時に近かったにも関わらず、ランチメニューにありつく事ができた。
もし、あのまま大通りを通っていたら間に合わなかっただろう。
そんな事を考えながらランチを頬張っていたら、ある事に気付いた。
 
最近の私も同じ状況じゃないかと。
もともと、教習所に入った目的は自動車免許を取るため。それだけだった。
しかし、いつの間にか「マニュアル車の免許を取る」「恥ずかしくて今さらコースを変更できない」といった自分で勝手に作ったルール・こだわりに絡まって身動きが取れなくなっていたのだ。
いつの間にか手段が目的に変わっていたのだ。
渋滞していても、工事で通れなくても選んだ道にこだわっているようなものだ。
そんな事をしていたら、いつまで経っても目的地にはたどり着かない。
通れないなら引き返すか、道を変えればいいんだ。
私がやりたいのは、自動車免許を取る事だ。
オプションコースを受講する事が目的じゃない。
 
なら、私のやる事は一つだ。
その事にやっと気付けたのだ。

 

 

 

京都から東京に帰った次の日。
私は、教習所の窓口の前に立っていた。そして、教習所のスタッフにあるお願いをしたのだ。
「すいません、オプションコースから標準コースに変更したいのですが」
もう迷いはなかった。
自分が何のために教習所に入ったのか、その事を考えればもう恥ずかしさなんてなかった。
それからというもの、今までの停滞が嘘のように技能教習に取り組めた。
クランク、坂道発進、縦列駐車もできるようになった。
結果、学科試験も技能試験も合格し、無事に教習所を卒業できた。
さらに免許センターで行なわれた最終の学科試験も合格。
 
念願の自動車免許を取る事ができた。
あの時、そのままコースを変えない事も可能だった。
初志貫徹と言う意味ではそれも良いだろう。
しかし人生はまっすぐ歩く事だけが全てじゃない。
路地に入っても目的地ににつけば良いじゃないか。
 
あの出来事から10年以上経つ。
これまで仕事もプライベートも決断しないといけない場面にたくさん直面してきた。
人生は悩みの連続だ。
そんな時、私は思い出すようにしている。
 
同じ道にこだわらなくていい。
時には引き返したり、路地に入ったりしてもいいんだ。
そう気付かされた京都の風景を。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2021-09-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事